2013年7月15日月曜日

寄稿「“オルタナティブコミック”とは何か?」

こんにちは。

このブログでは主にヒーローもののアメコミを中心に扱っているのは以前書いたとおりですが、小社では他のジャンルの本もいろいろと刊行しています。そのなかでも、先日発売したブラック・ホールは、いわゆる“オルタナティブコミック”の傑作と呼ばれる作品なのです。

『ブラック・ホール』はアメリカのコミックですが、通常はアメコミとは呼ばれません。
そこで使われる呼称が“オルタナティブコミック”なのですが、これっていったいどんな意味なのでしょうか? 「オルタナティブ」を辞書で引くと、「二者択一」とか「代替品」などという言葉が出てきます。しかし、具体的にはどんなニュアンスなのでしょうか?

そんな分かりづらーい“オルタナティブコミック”の世界について知るために、『ブラック・ホール』の翻訳を担当していただいた椎名ゆかりさんに寄稿していただきました。ぜひこれを機に、楽しくも奥深い“オルタナティブコミック”の世界に足を踏み入れてください!

それでは椎名さん、お願いします!!



“オルタナティブコミック”とは何か?
先月、当サイトを運営する小学館集英社プロダクションから拙訳によるアメリカのコミックブラック・ホールが出版された。公式サイトに掲載された宣伝文句に「米オルタナティブコミック界の帝王チャールズ・バーンズ、ついに日本上陸!」とあるように、本作はチャールズ・バーンズの初邦訳だ。
▲『ブラックホール』日本語版
チャールズ・バーンズはデビュー当初から、アート・スピーゲルマン主宰のコミックス雑誌『RAW』で続けて作品を発表し、その作家性が注目されてきた。アート・スピーゲルマンは、“オルタナティブコミック”を代表する作家であり、コミックスとしてのみならず一般の小説と並んでその芸術性が高く評価される『マウス―アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語』(邦訳・晶文社、1991年)の作者である。更にバーンズは高級文芸誌『The New Yorker』でイラストを発表するなど、イラストレーターとしての評価も高い。
▲『RAW』
▲『MAUS』
実際にチャールズ・バーンズはアメリカの“オルタナティブコミック”を語る際には必ず名前のあがる作家のひとりであり、『ブラック・ホール』は“オルタナティブコミック”の傑作と言われている。

しかし、ここまで読んできて「“オルタナティブコミック”って何だろう?」と思った人は少なくないのではないか。“オルタナティブ”という言葉のイメージと『ブラック・ホール』の表紙や解説を見て、「なんとなくわかるような気もするけれど、実際のところ“オルタナティブコミック”って何なの?」と思った方のために、当コラムではアメリカにおける“オルタナティブコミック”とは何かについて書いてみようと思う。

例えば『ミュータント・ニンジャ・タートルズ』(原題 Teenage Mutant Ninja Turtles 以下『TMNT』)という作品をご存じだろうか。
▲Teenage Mutant Ninja Turtles
『TMNT』は、4匹の亀が謎の物質を浴びたことで人間化し、同じく人間化したネズミを師匠に忍術を学び様々な敵と戦う物語である。実写映画、劇場アニメーション、TVアニメーション、TVゲーム、おもちゃ等々、メディアミックスも成功し、現在アメリカでは3度目のアニメ化作品が放映中。典型的なスーパーヒーロー像からは若干ズレているものの、擬人化した亀の主人公たちがヒーローとして活躍する人気作だ。

メジャーなプロパティと言える『TMNT』だが、原作は既存の作品のパロディ色を強く打ち出して1984年に始まった白黒のコミックであり、“オルタナティブコミック”と呼ばれることもある作品である。『TMNT』の原作が“オルタナティブコミック”と聞くと違和感を持つ人が多くいるかもしれない。大規模なメディアミックスも行われ、亀とは言えスーパーパワーを持ったティーンエイジャーが主人公の、子供に人気がある作品と聞けば、“オルタナティブ”のイメージとは真逆と感じる人もいるだろう。
▲コミック版『Teenage Mutant Ninja Turtles』
この『TMNT』や『ブラック・ホール』のように、一見まったく違う方向性を持った作品が同じように“オルタナティブコミック”と呼ばれることからもわかるように、“オルタナティブコミック”はわかりづらく、それが何かを説明するのは実は凄く難しい。

近年よく聞く“バンド・デシネ”という言葉と比べてみると、そのわかりづらさがよく伝わるのではないか。はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド(玄光社MOOK、2013年)では、“バンド・デシネ”について以下のように説明している。「フランス語圏のマンガです。ベルギーやスイス、ヨーロッパ近隣、最近ではアジアの作家もいます」(p18)。つまり“バンド・デシネ”とはフランス語圏で出版されるマンガの総称である。

しかし“オルタナティブコミック”は“バンド・デシネ”と違って総称ではなく、ある一群の作品を示すジャンルを表す言葉である。(仮にここでは、アメリカのマンガの総称を“コミックス”と呼ぶことにする。)コミックスに限らず何においても、ひとつのジャンルにどの作品が含まれて、どの作品が含まれないかを語るのは難しいが、特に“オルタナティブコミック”の場合、特定の題材、流通の形態、制作のされ方等を指しているわけではないことも、余計にその言葉をわかりづらくしている。

そのわかりづらさのひとつに、もともと“オルタナティブコミック”が「特定の何か」を指す言葉としてではなく、「特定の何かでないもの」を指すために使われ始めたことも原因としてあるかもしれない。“オルタナティブ”(=もうひとつのもの、代わりの、等)という言葉の示す通り、“オルタナティブコミック”とは“メインストリーム”、つまり既に存在するコミックスの“主流”に対して、“主流ではない”作品を示そうとして使われ始めたのである。

身も蓋も無い言い方をすれば、“オルタナティブコミック”とは何かについて厳密に語ろうとすると、「“メインストリーム”と呼ばれる作品以外のコミックスのこと」ぐらいしか言えなくなってしまう。しかし、そうすると今度は「コミックスの“メインストリーム”とは、どういう作品群のことか」も説明する必要が出てくる。しかもややこしいことに、“メインストリーム”と見なされる作品も実は、状況や文脈によって異なるのである。

とはいえ、絶対に“オルタナティブコミック”とは呼ばれない(=メインストリーム)作品群は存在するので、逆説的にそこから“オルタナティブコミック”について把握することは可能だろう。その作品群とはふたつあり、1つ目は新聞の全国紙に連載しているコミックストリップ、2つ目は大手コミックス出版社DCとマーベルから出ているスーパーヒーロー作品である。つまり、これ以外はすべて“オルタナティブコミック”と呼ばれる可能性があり、場合によっては実際にそう呼ばれている。

映画・マンガ批評家の小野耕世氏が、著作アメリカン・コミックス大全(晶文社、2005年)の中で「アメリカの物語マンガ出版の分野」として、以下の三つの分類を行っている(P17)。

① 1世紀以上の歴史をもつ新聞連載マンガ(newspaper strip)


② スーパーヒーローものを中心とするコミックブック出版のメインストリーム (main stream comics)
③ マンガ家が個人で出したり小さな出版社(比較的大きなものも)から出ているオルタナティヴ・コミックス(alternative comics)

小野氏の分類は非常に簡潔で、とても分かり易い。ただし「新聞連載マンガ」でも、掲載されている新聞が全国紙の場合は“メインストリーム”とみなされるが、全国紙ではなく「オルタナティブ・ニュースペーパー」(いわゆるミニコミ誌のようなものから、大学新聞や地方紙なども含む)というタイプのものである場合は、連載コミックスを“オルタナティブコミック”と呼ぶこともある。

更に上の②で取り上げられている「コミックブック出版のメインストリーム」では、コミックブックがスーパーヒーローを扱っていたとしても大手2社(DCとマーベル)以外から出ている場合は“オルタナティブコミック”と呼ばれることがあるので注意が必要だ。しかも大手2社から出ていても扱っている題材によっては“オルタナティブコミック”と呼ばれることもある。作者オリジナルの作品が多い大手DC社のVertigoレーベル作品を“オルタナティブコミック”と見る人は多い。

最後の③の「個人で出したり小さな出版社から出ている」作品に限っては、すべて“オルタナティブコミック”と言っても大丈夫に思われるが、実は「小さな出版社」から出ていても「GIジョー」などの他メディアの有名プロパティのコミカライズ作品が“オルタナティブコミック”と呼ばれることはほとんどない。

このように見ていくと“オルタナティブコミック”がわかりづらく、説明するのが難しい言葉であることをわかっていただけると思うが、それでもぼんやりと“オルタナティブコミック”が示す作品群のイメージはつかめてきたのではないだろうか。

そこで、ある程度の誤解や漏れが生じることを承知で、敢えて“オルタナティブコミック”を以下のように定義してみることにする。

「全国紙に連載されているコミックストリップではなく、大手コミックス出版社DCやマーベルから出ているスーパーヒーローものでもない、作者オリジナルのコミックスのこと。一般に作家性の強い文学的作品を指す場合が多いとも考えられるが、出版形態によってはエンターテイメント性の高い作品も含まれる。」
個人的には、アメリカのコミックスの多様性を理解する上で“オルタナティブコミック”という言葉のわかりづらさを知ることはとても重要だと思っている。このわかりづらさ、即ち多様性もアメリカのコミックスの魅力の一部なのだから。

椎名ゆかり





※「オルタナティブコミック」の日本語表記は「オルタナティブ・コミック」であったり、「オルタナティブ・コミックス」であったりするが、この記事では、「オルタナティブコミック」に統一する。
(編集:佐藤学

2013年7月1日月曜日

新版『マーベルズ』と旧版『マーヴルズ』を徹底比較!

こんにちは。

今回は読者の皆さまから質問の多い、7月24日頃発売のアメコミ『マーベルズ』について説明させていただきます。
なぜ質問が多いのかというと、本書は約15年前の1998年に小社から刊行した『マーヴルズ』という作品の改訂再販本だからです。つまり、当時『マーヴルズ』を購入された方からの「内容はどこが同じで、どこが違うのか?」というご質問が主になります。
それにお答えする前に、まずは『マーベルズ』という本そのものについてご紹介させていただきます。


【マーベルズとは?】

原書:『MARVELS』(1994年発売)
ライター:カート・ビュシーク
アーティスト:アレックス・ロス

















タイトルの『MARVELS』とは、「驚嘆すべき者達」のこと。
つまり、普通の人間を遥かに超えた力を持つ、超人類達のことを指します。
作中には、“アベンジャーズ”や“X-MEN”、“ファンタスティック・フォー”や“スパイダーマン”といったスーパーヒーローたちが続々と登場します。敵役のヴィランにも、ギャラクタスやグリーン・ゴブリンなどの超大物が登場します。
そして、そんな本書の主人公を勤めるのが、あの“フィル・シェルダン”です!
……などと言っても、本書を御存じない方は知りませんよね。
彼は、カメラマンを目指す普通の市民であり、特別な力は何もありません。だからといって『キック・アス』のように身体にむち打って悪と戦うわけでもありません。本当に普通の市民。一般人なのです。
作品は、この一般人であるフィルが、カメラマンという仕事を通して「マーベルズ=驚嘆すべき者達」の姿を見つめていくことで描かれていきます。
彼の感情はとてもリアルに、「もし我々の世界に、超人類達がいたらどうなるのか?」という状況を伝えてくれます。

そして、そのただでさえリアルな物語を、アレックス・ロスのアートが芸術の位置へと高めました。
3歳から絵を描き始めたというアレックス・ロスは、アメコミ業界を代表する稀代の絵師です。
その作風はあまりにも写実的であり、想像の世界に生きていたはずのキャラクター達が、まるでここに実在するかのようにリアルなのです。
すごいのは、そのクオリティがすべてのコマで保たれていること。ロスの作品は1コマ1コマが芸術だと言っても、過言ではないでしょう。
本書にもその制作過程が記されていますが、1枚の絵を描くためにモデルにポーズを取らせ、時にはコスチュームを着せて写真を撮り、服のシワや光の当たり方を確認して絵を描きおこすという超人的な労力から、この芸術が生み出されているのです。
もし、アレックス・ロスの作品を見たことがない方がいらっしゃれば、ぜひ本書をお手に取ってください。絶対に驚きますよ!

そうして生まれた本書は、本国では発売時よりけた外れの人気を博し、大ヒット作品となり、批評家にも絶賛され、権威ある賞のアイズナー賞とハーベイ賞をそれぞれ3部門受賞するという偉業を達成しました。
そのあたりは、『マーベルズ』に収録する「スコット・マクラウドによる寄稿」に詳しく、そして面白おかしく書いてあります。(スコット・マクラウドはカート・ビュシークの中学時代からの友人であり、小規模出版社で活躍するコミック・アーティスト)

そんなスゴイ作品なのですが、本書は詳しい前知識なしでも純粋に楽しめる「アメコミ初心者大歓迎」の作品です!
アメコミに詳しくない方、マーベル作品に詳しくない方でも安心してお読みください。

[本書のあらすじ]
太平洋戦争前夜、野望に燃えた若者達がいた。カメラマンを目指すフィル・シェルダンもその一人だ。しかし、突如現れはじめた超人類達の存在が、彼の人生に大きな影響を及ぼしていく。その人智を超えた力に驚愕し、脅威と戦う姿に熱狂し、やがて人類を脅かす可能性に戦慄する……。我々を遥かに超えた力を持つ存在“マーベルズ”は、人類に何をもたらすのか!?




【『マーベルズ』と『マーヴルズ』の違い】
それでは本題に移ります。

・なぜタイトルが違うのか?
これも時々質問をいただくので、お答えします。
出版社名でありブランド名でもあるMARVELの日本語表記が関わっているのですが、
『マーヴルズ』が発売された当時には「マーヴル」が正式とされていました。
現在は「マーベル」が正式な日本語表記となりましたので、
本書のタイトルも『マーベルズ』に変更しました。
(※「マーヴル」表記が使われているジャンルもありますので、個別の状況によるようですが)



・それぞれの内容は?
現在の基準に合わせて、
全般的に翻訳やデザインの見直しを行いましたが、
コミック本編は基本的に同じです。
ただし、本書『マーベルズ』は、2010年に米国で発売されたTPBを底本としているため、
旧版の『マーヴルズ』とは一部コンテンツが異なります。
具体的な違いは下記のとおりです。

―――――――――――――――――――――
『マーヴルズ』
1998年2月刊行
216ページ
本体価格:2,286円(税込:2,400円)

コミック本編
スタン・リーのまえがき
カート・ビュシークのコメンタリー
アレックス・ロスのコメンタリー
ジョン・ロミータ(Sr.)のコメンタリー
アレックス・ロスによる作画プロセスの解説
謝辞
―――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――
『マーベルズ』
2013年7月24日頃刊行
248ページ
本体価格:2,300円(税込:2,415円)

コミック本編
スタン・リーのまえがき
・イラスト、試し描き、スケッチ(32ページ分) ←追加
・スコット・マクラウドによる寄稿 ←追加
アレックス・ロスによる作画プロセスの解説
謝辞

※掲載が無くなったページ
[カート・ビュシークのコメンタリー]
[アレックス・ロスのコメンタリー]
[ジョン・ロミータ(Sr.)のコメンタリー]
―――――――――――――――――――――

上記のように
『マーヴルズ』の時から、『マーベルズ』は32ページ増加しました。
旧版であった3人の作家のコメンタリーが未収録なのは残念ですが、
その分、アレックス・ロスによる旧版に未収録の「イラスト、試し描き、スケッチ」が32ページ分も追加されているのが本書の売りといえるでしょう。
それらのは、どれも「さすが、アレックス・ロス!」と感嘆するクオリティであることは間違いありません。ほんの一部ですが原書を撮影した写真を掲載しますので、購入の参考にしていただけると幸いです。



『マーベルズ・ヒーローズ・ポスター』
皆さまご存じのマーベルを代表するヒーロー達が集合! ロスのアートがあまりに荘厳です。













『マーベルズ・ヴィランズ・ポスター』
こちらもマーベルを代表するヴィラン(悪役)達が集結。ド迫力!













『ブラック・ウィドウとグウェン・ステイシーのカラースケッチ』
映画「アベンジャーズ」等で人気のブラック・ウィドウと、映画「アメイジング・スパイダーマン」のヒロインのグウェン・ステイシー。
美しい2人は、本書の物語にどう関わってくるのでしょうか?








『マーベルズ ポスター』
これは単なるアルファベットのロゴではありません。よくみると、様々なキャラクター達が絵画のように描かれた、とんでもない代物なのです!












【その他のアレックス・ロス作品】
さて、いかがでしたか?
『マーベルズ』の発売まで1か月を切りました。ぜひ楽しみにお待ちいただけますと幸いです。
でも、「待ちきれない!!」という方のために、現在発売中のアレックス・ロス作品をご紹介して、今回の締めとさせていただきます。
最後にこれだけは言わせてください! 
「アレックス・ロス作品に外れなし!!」



『キングダム・カム 愛蔵版』
マーク・ウェイド[作]
アレックス・ロス [画]
3,400円+税

ある意味、本書『マーベルズ』と対をなす、DCコミックスの名作中の名作! ヒーローが不在となった近未来の世界を描く、エルスワールド(異世界)作品です。新世代の超人類達のせいで混沌としてしまった世界に秩序を取り戻すため、復帰を決意するスーパーマンだが……。
バットマン、ワンダーウーマンなど、オールスターが総登場!






『DCスーパーヒーローズ』
ポール・ディニ[作]
アレックス・ロス[画]
3,200円+税


DCコミックスの人気キャラクター達のオリジンストーリーが収録されているので、「アメコミ入門書」としてもぴったり! 幻のコミック『バットマン:ウォー・オン・クライム』等を収録した他、アレックス・ロスの制作舞台裏が垣間見れるアート集と解説も掲載!!






(文責:佐藤学)