2015年1月26日月曜日

映画『復讐の女神』と一緒に、『シン・シティ3』を!

皆さん、こんにちは!

ただいま絶賛公開中の映画『シン・シティ 復讐の女神』。そして、1月28日(水)にはコミックシン・シティ3が発売となります。そう……マーヴ、ドワイト、そしてミホと、スクリーンやページでまた会えるのです!
『シン・シティ3』
フランク・ミラー[作・画] 定価:本体2,000円+税
●1月28日頃発売●
じつは今回『シン・シティ3』が発売されることで、映画版2作品の元になったエピソードがすべて日本語で読めるようになりました。ご参考までに、映画に使用されたエピソードが日本版コミックの何巻に収録されているか、照合してみますと……
『シン・シティ1』『シン・シティ2』『シン・シティ3』

『シン・シティ 復讐の女神』(2014年米公開/日本では現在公開中)
「ア・デイム・トゥ・キル・フォー」
前作で娼婦街をギャングから救ったドワイト(ジョシュ・ブローリン)の前日譚。魔性の女エヴァ(『300 帝国の進撃』に続いてエヴァ・グリーン!)に翻弄されるドワイトは、思わぬ窮地に立たされて……。

「ジャスト・アナザー・サタデー・ナイト(コミック題:いつもどおりの土曜の夜)」⇒
バーからの帰り道、ホームレスを襲う大学生の集団を見かけたマーヴ(ミッキー・ローク)。そして、血塗られた夜の幕が上がる。

「ロング・バッド・ナイト」⇒映画オリジナル
街を牛耳るロアーク上院議員とポーカー対決をすることになった、腕利きギャンブラーのジョニー(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)。その勝負の行方は?

「ナンシーズ・ラスト・ダンス」⇒映画オリジナル
前作で老刑事ハーティガン(ブルース・ウィリス)に救われたナンシー(ジェシカ・アルバ)の後日譚。ストリッパーに身をやつした彼女は、ハーティガンの復讐のためにロアーク上院議員をつけ狙うが……。
『シン・シティ1』
定価:本体2,300円+税
●好評発売中●

『シン・シティ』(2005年公開)
「カスタマー・イズ・オールウェイズ・ライト(コミック題:顧客は常に正しい)」
ジョシュ・ハートネットが殺し屋を演じた冒頭の短編。映画化をしぶるフランク・ミラーに、ロバート・ロドリゲス監督がパイロット版としてこの短編を映像化してみせて許諾を取り付けたという、歴史的な1編です。

「ハード・グッバイ」
一夜限りの関係しかない美女のために、命を懸けるマーヴ! 映画『ロード・オブ・ザ・リング』の記憶もまだ新しかったイライジャ・ウッドの、不気味な存在感が光っていました。

「ビッグ・ファット・キル」
昔の恋人ゲイル(ロザリオ・ドーソン)と、彼女が束ねる娼婦街を守ろうと、立ち上がるドワイト(本作ではクライヴ・オーウェン)。見どころはなんといってもミホ(本作ではデヴォン青木)! ベニチオ・デル・トロの怪演も印象的でした。

「ザット・イエロー・バスタード」
卑劣な殺人鬼から少女を救った老刑事ハーティガンを待っていた、過酷な運命……。憎々しいイエロー・バスタードの“黄色”は、ぜひコミック/映画の両方でご堪能ください!
『シン・シティ2』
定価:本体2,300円+税
●好評発売中●
 それでは遅ればせながら、今回発売される第3巻収録の2作品をご紹介させていただきます。

1)「ファミリー・バリューズ」
1997年10月に126ページの描きおろしグラフィックノベルとして発売された作品で、「ビッグ・ファット・キル」(第2巻収録)の後日談にあたります。

ゲイルからある依頼を受けたドワイトは、1軒のダイナーに向かいます。そこは凄惨な銃撃事件のあった場所で、真相を探るドワイトとともに、読者はギャングの抗争の裏に隠された悲劇を知ることになります……。雪の一夜の物語は今の季節にピッタリ! パルプ小説のヒーロー「ザ・シャドウ」に関する言及もあったりして、その後のフランク・ミラーを知る読者をニヤリとさせてくれます。また、全編にわたって“小さな死神”ミホが活躍する、ミホ好き必見!の一編でもあります。

2)「ブーズ、ブローズ&ブレッツ」
短編集。1991年から始まった『シン・シティ』シリーズですが、フランク・ミラーは長編執筆の合間にさまざまな形で短編も描いていて、それらがまとめられています。

もちろんマーヴ、ドワイトといったおなじみのキャラクターが登場します。しかし、個人的なお気に入りキャラは、「ザット・イエロー・バスタード」(第2巻収録)にも出てきた二人組の小悪党“デブとチビ”ことシュラブ&クランプ。意外な存在感を発揮して楽しませてくれます。また、殺し屋“ブルー・アイズ”と“大佐”(じつは映画第1作でジョシュ・ハートネットが演じたキャラ)は次の第4巻にも登場するので、ぜひご注目を。

ちなみに、収録作品の初出情報はというと……

○『紅いドレスの女、その他の物語(The Babe Wore Red and Other Stories)
』(1994年11月)収録
⇒「3番のドアの向こう側では…(And Behind Door Number Three…)」
⇒「顧客は常に正しい(The Customer Is Always Right)」
(※前年のサンディエゴ・コミコン用に刊行されたダークホース・コミックスのアンソロジーに収録)
⇒「紅いドレスの女(The Babe Wore Red)」

○『静かな夜(Silent Night)』
(1995年11月)収録
⇒表題作

○『ダークホース10周年(A Decade of Dark Horse)』#1
(1996年7月)収録
⇒「パパの箱入り娘(Daddy’s Little Girl)」

○『ロスト、ロンリー&リーサル(Lost, Lonely, & Lethal)』
(1996年12月)収録
⇒「デブとチビ(Fat Man and Little Boy)」
⇒「ネズミ(Rats)」
⇒「碧い瞳(Blue Eyes)」

○『セックス&バイオレンス(Sex & Violence)』
(1997年3月)収録
⇒「迷い道(Wrong Turn)」
⇒「乗り間違い(Wrong Track)」

○『いつもどおりの土曜の夜(Just Another Saturday Night)』
(1998年10月)収録
⇒表題作(※前年に『シン・シティ』#1/2として、通販限定で発売)

フランク・ミラー本人からも高評価を頂いている『シン・シティ』日本版コミックも、残るはあと1冊となりました。次回発売シン・シティ4の収録作品は1編のみとはいえ、シリーズ最長編である『ヘル&バック』。映画版第3弾が作られるとしたら、本作が原作になるだろうともっぱらの噂です。
『シン・シティ4』
定価:本体2,000円+税
●次回発売●
しかも、これまでの作品では黄、青、赤といった差し色が効果的に使われていましたが、本作ではついにフルカラーのページが登場します! ある日、謎めいた少女エスターと出会った退役軍人のウォレス。しかし彼女が何者かにさらわれ、ウォレスは街に潜む巨悪に一人で戦いを挑むことになります……。罪の街で生まれた壮絶な愛の物語、ご期待ください!

ではでは、今回はこんなところで。


(文責:中沢俊介)


2015年1月19日月曜日

“バットマン・新サーガ”、ここに完結!

「アメコミ魂」読者のみなさま、こんばんは!

今回ご紹介するタイトルは『バットマン・インコーポレイテッド:ゴッサムの黄昏』です!

『バットマン・インコーポレイテッド:
ゴッサムの黄昏』

グラント・モリソン[作]
クリス・バーナム[画]
定価:本体2,400円+税
●1月28日頃発売●
本書は、昨年12月に発売された『バットマン・インコーポレイテッド:デーモンスターの曙光』に続く、グラント・モリソンによる“バットマン・新サーガ”最終巻となっています。

こちらの邦題には、“黄昏”という言葉を用いて前巻の“曙光”と対比させるというコンセプトです。

ここで本書までの復習も兼ねて、最終章を簡単に振り返ってみたいと思います。

『バットマン:インコーポレイテッド』
定価:2,600円+税
●小社より絶賛発売中●
最終章の幕開けにあたる、第1巻『バットマン:インコーポレイテッド』では、ブルース・ウェインが世界各国のヒーローをリクルートして、それぞれの国のバットマンを作るという“バットマン会社”を設立。世界規模の犯罪結社“リバイアサン”と壮絶な戦いを繰り広げました。

その戦いの舞台はゴッサムシティから世界各国、または宇宙にまでスケールアップしており、これほどまでに大規模な展開は、実に物語のクライマックスにふさわしい内容です。

さらに“リバイアサン”との戦いは家族の絆が関係していることもあり、これまでとはまた違った奥深さがあります。

『バットマン・インコーポレイテッド:
デーモンスターの曙光』
定価:2,200円+税
●小社より絶賛発売中●
続編にあたる第2巻が『バットマン・インコーポレイテッド:デーモンスターの曙光』です。
“リバイアサン”との戦いの舞台を世界からゴッサムシティに移し、ブルース・ウェインと息子のダミアン・ウェインとの絆に焦点を当てた内容になっています。

それは、息子ダミアンこそが、“リバイアサン”を統率するタリアブルースの間の愛の結晶であるからです。

破壊神と化したタリアの攻撃は一層激しさを増し、バットマンにとって大切なものをすべて奪い去り、さらにはダミアンすらも奪おうとします。

母親と父親、その両者の板挟みとなったダミアンの思いとは?

ゴッサムシティか? 息子か? この究極の選択に、バットマンはどうするのか……。

アクションとミステリーとサスペンスの三拍子が揃ったストーリーで、読み応えのある作品になっています。

そして、完結にあたる本書ではバットマンタリアの戦いはクライマックスを迎えます。

大勢のリバイアサン軍を率いたタリアは、とうとうゴッサムシティを支配してしまいます。
そこでダミアンも、ロビンとして父親を守ろうと、ナイトウィングとともに宿命のライバルと対決することに! その宿命のライバルとは一体!?

それから、いよいよバットマンとタリア最終決戦が行われます! その行く末は!?
ぜひ本書をお手に取っていただき、その結末を目撃してください! 戦いに幕を閉じることとなる、衝撃的な出来事にきっと読者のみなさまも驚かれることでしょう。

バットマンと宿敵タリアの間には息子がいたという衝撃的な事実で、スタートしたグラント・モリソンの新サーガ。

ダミアンは、母であるタリアに世界を制するよう育てられましたが、悪の帝国の後継者という地位を拒否し、ブルースに引き取られヒーローとしての道を学び始めます。

本書の巻末には、グラント・モリソンによる後書きが収録されていますが、その中にはこの一連のストーリーはバットマンの物語であると同時に、ダミアンの物語でもあったとあります。
新サーガの主要テーマである、“親子関係”を明確に象徴する、息子ダミアンの成長こそが物語により深みを与えている要因なのかもしれません。

そのサーガの壮大なドラマを簡単に振り返ることができる一連の流れも巻末に収録していますので、この機会に過去作品もチェックしてみてください。

また、メインエピソードの後は数話のサイドストーリーも収録しております。

その中でも、原書のBATMAN INCORPORATED #11にあたるエピソードの“幕間:掌の小鳥”では、『バットマン:インコーポレイテッド』にも登場した、治次郎ことバットマン・ジャパンの活躍が描かれています。

彼の相棒は、スーパーヤングチームという、日本に存在するスーパーヒーロー集団のクレイジー・シャイ・ロリータ・キャナリーという、身長15cmほどで背中に翼のあるセーラー服を着た女性です。
コスチュームがセーラー服という設定がいかにも、日本をイメージしていますね。

このストーリーは、5人組の暴走族が東京都内で大騒動を引き起こしているという場面から始まり、ところどころに外国から見た日本が描写されています。

台詞のなかに“ハチ公像”“浅草寺”“東京タワー”といったワードが出てくるところも注目してみてください。

そのほか、エル・ガウチョを初めとしたインコーポレイテッドの国際色豊かなヒーローの短編エピソードを集めた、“バットマン・インコーポレイテッド・スペシャル”も収録されており
本タイトルとはまた違った雰囲気を楽しむことができます。

『バットマン・インコーポレイテッド:ゴッサムの黄昏』1月28日発売予定です。
長大なサーガの完結を、是非お見逃しなく!

それではまた次回に。


(文責:渡辺直経)

2015年1月12日月曜日

実は我々がゲストだったガイマン賞2014トークイベント

こんにちは。

今週の「アメコミ魂」は、12月13日(土)に明治大学米沢嘉博記念図書館で行われた『ガイマン賞2014 結果発表トークイベント』のリポートをしたいと思います。

イベントの聞き手は、翻訳家の原正人さん椎名ゆかりさん。海外コミックス読者の皆様はご存じだと思いますが、原正人さんは主にフランス語圏のコミックであるバンド・デシネを手掛けており、小社での代表作には『闇の国々』シリーズや『塩素の味』などがあります。椎名ゆかりさんはアメリカン・コミックスのなかでもグラフィック・ノベルと称される作品を手掛け、小社での代表作には『ブラック・ホール』『デイトリッパー』などがあります。お二人とも海外コミックスへの愛情が滲み出ており、ご自身が手掛けていない作品に対しても公平なコメントを述べる司会ぶりで、とても好印象でした。

約1ヶ月前に小野耕世先生を講師に迎えて、「小野野耕世、大いに語る! ガイマン賞2014ナビ」というイベントを開催されていましたが、今回は、第1位に輝いた作品の担当編集者と翻訳者を招いて、聞き手のお二人とともに「ガイマン賞」の結果を概観しながら、第1位となった作品と今回対象の海外コミックスについてお話をする、といった内容でした。

前述のとおり、このイベントがガイマン賞のホームページやツイッター等で告知されたときには、講師は「第一位に輝いた作品の関係者」と表記されただけで、聞き手のお二人以外はベールに包まれていたのですが……実は、このイベントに登壇したのは、(山本)と翻訳家の中沢俊介だったという……。ガイマン賞の集計結果が出たあと、すぐに登壇のオファーをいただいていたのですが、講師は当日発表ということだったので、当然ながら独自で告知もできない曖昧な状態だったので、何とも言えない気分でした(笑)。

とにもかくにも、すでに結果は発表されておりますが、ガイマン賞2014の第1位を獲得したのは、小社より邦訳版を刊行した『ホークアイ:マイライフ・アズ・ア・ウェポン』本作品にご投票いただいた皆様、本当にありがとうございました。

今回の記事の文字数は約2万7千字! 約1時間40分の公演をほぼ完全収録した渾身のリポート(?)になりました(いや~テープ起こしに時間がかかりました……)。それでは、『ガイマン賞2014 結果発表トークイベント』の模様をリポートしたいと思います(敬称略)。



「皆様、ようこそお出でいただきました。本日は『ガイマン賞2014 結果発表』ということで、ここ数ヶ月にわたり、ガイマン賞2014の活動を行なってきた締め括りとして、このようなイベントを開催させていただきました。ガイマン賞は、京都国際マンガミュージアム/京都精華大学国際マンガ研究センター明治大学 米沢嘉博記念図書館北九州市漫画ミュージアムの3館が主催しており、各館ではノミネート作品を展示し、投票箱も設置していました。2012年から始まって今年で3回目(2011年に開催したガイマン賞の前身「この海外マンガがすごい」は除く)で、まだまだ手作り感の残る賞ですが、これから徐々に大きくしていきたいと思っております。では早速、ベスト10の結果発表をしたのち、詳細についてはゲストの方とともにお話をしていきたいと思います。ベスト10ですが、第9位が同率で2作品ありますので、実質第9位からの紹介となります」

(以降、第9位より順次発表され、最後に第1位が『ホークアイ:マイライフ・アズ・ア・ウェポン』であることが発表された。その後、本書の担当編集である私と担当訳者の中沢氏が登壇する)


【第1位】
ホークアイ:マイ・ライフ・アズ・ア・ウェポン
(制作国アメリカ)
作者:マット・フラクション(作)/デイビッド・アジャ、ハビエル・プリード、アラン・デイビス(画)
訳者:中沢俊介
出版社:小学館集英社プロダクション


『ホークアイ:マイライフ・アズ・ア・ウェポン』がガイマン賞2014の第1位となりました。改めまして、おめでとうございます。早速ですが、受賞の感想をお二人から頂戴できればと」

中沢「僕はただ訳しただけなので、やはり作品をつくったフラクションとアジャとプリードの力が大きかったという前提で話させていただきます。本作品は、いわゆるスーパーヒーロー・コミックのジャンルに入りますけれども、その中でもスーパーヒーローもの特有の複雑なコンティニュイティもなく、気軽に楽しめる作品だということが、この結果に繋がったと思います。あとは、ここ数年、映画を中心にスーパーヒーローが注目を集めているので、あまりアメコミを読まない層にも興味を持っていただけたのかなと思います」

「山本さん、実は、ガイマン賞は2012年の第1回からすべて第1位がShoProさんばっかりなんですよ(笑)」

山本「別に操作しているわけではありませんからね(笑)、たしかにガイマン賞の前身の賞で『皺』が第1位を獲得し、ガイマン賞となってからは『闇の国々』『塩素の味』と2年連続で弊社の作品が続いていましたね。で、今回が『ホークアイ:マイライフ・アズ・ア・ウェポン』と。厳密にいえば、『皺』はスペインの作品ですが、過去の第1位はすべてバンド・デシネでした。その中で、ようやくアメリカン・コミックス(アメコミ)が支持されたと思うと、とても嬉しいですね」

「投票〆切直前に山本さんがツイッターで告知をしてくれたおかげもあると思いますが、今回の投票数は、昨年よりもすいぶんと増えました。今回のイベントは、登壇される方々の力を借りずに、自分たちだけで、どれだけ(集客)できるかやってみようと思ったのですが……こんな感じになっちゃいました(笑)」

山本「いやいや。2011年のガイマン賞の前身から考えると、年々大きくなっていて、投票総数も昨年の2倍以上ですか、すごいと思いますよ。今回は書店さんでも投票箱を設置するなど、色々やられていましたしね。最近話題の“日本翻訳大賞”プロジェクトのように注目を集めていく賞になっていってほしいですね」

「ありがとうございます。投票数の話が出てきましたのでお話ししますと、今回、ノミネートされたのは2013年10月から2014年9月に翻訳出版された海外マンガ作品が対象で、年々増えておりますが、今年は105点も海外マンガが刊行されました。また総有効投票数も731票となりました。目標は1000票だったのですが、ぜひ来年度は頑張りたいと思います」

「さて、引き続き、お二人に『ホークアイ:マイライフ・アズ・ア・ウェポン』についてお伺いしたいのですが……その前に、この作品を読んだという方は会場の中でどのぐらいいらっしゃるのでしょうか? (数名の手が挙がる)……あ、意外と少ないですね(笑)

山本「完全アウェイですね(笑)」

「(笑)。まずは、翻訳者の中沢さんにこの作品の簡単なご紹介をお願いします」

中沢「タイトルどおり、主人公はホークアイで、彼は映画でもお馴染みのアベンジャーズの一員なんですが、この作品は、アベンジャーズで仕事のないときのホークアイを描いており、休日に起こった出来事のお話になっています。ですので、アメコミによくあるクロスオーバーが云々などの複雑な話はなく、これ一冊で完結し、気軽に読める作品になっています。内容もマンションの悪徳大家と戦ったり、アベンジャーズの秘密を撮られた“ヤバイ”ビデオテープを取り返すなど、そこまでスケールの大きくない話をスタイリッシュに描いています」

「作者について教えていただけますでしょうか。最近、アメリカン・コミックスは原作者が注目されていると聞きますが、本作品もそうなんでしょうか?」

中沢「そうですね。本書の話を書いているライターのマット・フラクションは、現在アメリカで、もっともイケてるライターと言っても過言ではないでしょうし、アメリカでは軒並みヒット作になるという実力の持ち主です。もともとは、オリジナル作品をいくつか書いていて、その後、マーベルに引っ張られて、スーパーヒーローものを担当しているうちに、名を馳せていきました。その頂点の一つがこの作品だと思います。それでさらに評価が高まって、またいくつものオリジナル作品を出している、勢いのあるライターの一人です」

「なるほど。この作品では3人のアーティストが絵を描いていますが、その方たちについて教えてください」

中沢「最初の物語を描いているのは、デイビッド・アジャというスペイン出身のアーティストで、アメコミではカバーアートを担当することが多く、実際、アイズナー賞も受賞しています。本文を描いたのはこの作品のほかに、同じくマット・フラクションとタッグを組んだマーベル・コミックスの『インモータル・アイアン・フィスト』などがありますが、他のアーティストと比べるとあまり本文は多く描いていないと思います。その次の物語を描いたハビエル・プリードもスペイン出身のアーティストで、アメコミ業界ではキャリアもあって、邦訳された作品では『ロビン:イヤーワン』などがありますが、その他にも最近ではマーベル・コミックスの『シーハルク』なども描いています。またアメリカで昔ドラマになった『ヒューマン・ターゲット』など変わったヒーローものも手掛けていましたね。漫画っぽく、企まないユーモアさを描ける人物だと思います。最後に収録された一篇は(“ホークアイ:マイライフ・アズ・ア・ウェポン”ではなく、ホークアイの関連作品“ヤング・アベンジャーズ・プレゼンツ #6”なのですが)、アラン・デイビスというイギリス出身のアーティストで、80年代から活躍しているベテラン・アーティストです。『ミラクルマン』や『X-MEN』なども手掛けていました」

「アメリカでもこれらの作品が収録された形で出版されていたのですか?」

中沢「そうですね。まず各一話が(ペラペラの中綴じの)リーフで出版されて、このように合本されて出版され、それを翻訳したものになります」

『ホークアイ:マイライフ・アズ・ア・ウェポン』は今回のガイマン賞で一番支持された作品ですが、ガイマン賞では投票者からのコメントを入れることができるのも一つの特徴でして、そのコメントをいくつか紹介したいと思います」

椎名「はい。では、いただいたコメントを簡単に紹介させていただきます。“アメコミ入門にまさにぴったりな一冊”、“アメコミに馴染みのない友人に薦めたい”、“いわゆるヒーロー物とは、少し違った作品。どことなく80年代の海外ドラマを連想させられる”、“いい意味で敷居の低い作品”、“スタイリッシュかつ見やすいアートが素晴らしい”、“独特な空気感をもったストーリーと実験性も含んだ演出、そしてコントラストの高い魅力的なアートがいい”など物語やアートに関するコメントが多かったのですが、キャラクターに関するコメントもありました。“減らず口の皮肉屋で、クールにもハードボイルドにもなりきれないタフガイ。ボロいビルに住み、犬や隣人とのBBQを守る(あとイイ女の)ために自らトラブルに飛び込み、ボロボロになりながら巨悪と戦うさまは、まさに事件屋稼業”、“ホークアイ不憫でいいひとすぎる”、“何も特殊能力がないにもかかわらず身体一つで困難に立ち向かう姿が格好いい”などホークアイのキャラクターに惹かれた方も多かったように思えます。その他に“娯楽性とアートらしさを見事に両立させており、スーパーヒーローものというジャンルが持つ豊富な可能性を教えてくれる”、“今まで自分が抱いてたアメコミのイメージと全然違うかっこいい絵柄+いい意味でのしょんぼりヒーローぷりにガツンとやられました”など高い評価をいただきました」

「どうでしょうか、山本さん。皆さまのコメントを聞いて、作り手側の意図を汲んでいただけたという感じですかね?」

山本「そうですね。我々は、マーベル・コミックスから翻訳出版権を預かって日本で出版することができるのですが、このようなヒーロー系のコミックスは、バンド・デシネ作品のように作品単位で契約するのではなく、複数作品をまとめて契約する場合が多いんです。その契約の中の一作品がこの『ホークアイ:マイライフ・アズ・ア・ウェポン』でした。本作をラインナップに入れようと考えたのは、先ほどいただいた皆さまのコメントのような評価が海外にもあって、(スパイダーマンやアイアンマンなどと比べると)一見地味なキャラクターのタイトルなのですが、多方面で絶賛されていたので、最終的に本作を刊行することに決めました。また、アメコミにはスーパーヒーローものとそうでない非スーパーヒーローもののジャンルがあるのですが、この作品は、その中間に位置するような(どちら側のファンにも支持されるだろうという)気がして、ちょっとトライしてみようかと思って刊行しました。結果、皆さまに喜んでいただけてよかったと思います」

「たしか、本作は去年のアングレームにもノミネートされていました。フランスでも評価されている作品ということですね。さて、この会場にいらっしゃる方は、アメコミの大ファンってわけではないと思いますので、そもそもホークアイとはどんなキャラクターだったのか教えてください」

中沢「(自分が思うに)ホークアイは、軽く笑われる系のキャラクターで、キャプテン・アメリカやアイアンマン、スパイダーマンといった中核のキャラクターたちは、常に単独の個人誌が刊行されていますが、ホークアイはそこそこ昔からいたメンバーにもかかわらず、たまに単行本一冊にまとまるくらいの個人誌しか刊行されなかった。キャラクターの立ち位置としては、そんな感じでしょうか」

(本書から例の素っ裸のホークアイのコマがモニターに映し出される)

「(ユーモアがある部分を象徴しているのは)まさに、このシーンですね(笑)」

椎名“ホークアイがホークアイのホークアイを隠している”ということでファンの間でも話題になっていましたね」

中沢「(笑)。もともと彼は悪人(ヴィラン)出身で、無理くりアベンジャーズに入った感じのキャラクターでした。やる気はあるんですが、空回りして、酷い目に合ったり、味方をピンチに陥れたりなどのエピソードもある……ですので、必ずしもカッコいいヒーローではないという前提があり、このホークアイの扱いになるのでは、と思っています」

「この作品でも三枚目っぽいところもありますが、僕は、それでも“カッコいい”と思うんですけどね……。これは、ホークアイの歴史の中で破格の扱いだったんですかね?」

中沢「う~ん……映画効果はあったと思いますね。映画『アベンジャーズ』でジェレミー・レナーが演じて、見せ場もあり、人気も上がり、そういった外的要因もあって、ホークアイの扱いは上がったと思いますよ」

椎名「海外でのレビューサイトでは、映画『アベンジャーズ』でホークアイ人気が出て、そのちょうどいいタイミングで本書が刊行されたのがよかったと評されていましたね」

中沢「基本的には“(笑)”くらいの扱いのキャラクターだったと思っていただいてもいいかと」

山本「椎名さんも、この作品は好きなんですよね」

椎名「ホント、大好きな作品です」

山本「この作品は、アメコミや海外コミックスを翻訳している方からの支持率が高くて、ぜひ翻訳したいという声も多かったんです。ですが、たまたま中沢さんが会社の席の近くにいたので、今回の翻訳をお願いしたという(笑)。冗談ですけど」

「アメリカでは、何年に刊行されたのですか?」

山本「リーフの刊行は、2012年からです(TPBは2013年)」

椎名「コメントの中には、“早い時期での刊行が嬉しかった”という意見もありました。邦訳のアメコミは、わりとアメリカの刊行から間を空けて刊行されるのが多いと思いますが、その中で早く刊行されたのが嬉しかったんでしょうね」

山本「今後は、間を置かずに刊行できればいいですね。他作品の例を挙げると、アメリカでの発売から1年も経たずに刊行した作品があったのですが、非常によく売れましたね。やはりアメコミファンの多くは、リアルタイムで読みたいと思っているんでしょうね」

「そういえば、どこかの出版社が電子でやっていますよね」

山本「マーベル グローバル コミックですね。(すべての作品が翻訳されてリアルタイムでリリースされているわけではありませんが)アプリをダウンロードして日本語版も読むことができます。翻訳はこなれていない個所が多々ありますけど」

「それでも、たくさん読みたいという人にはいいのかもしれませんね。そんな中で、日本の出版社も間を置かずに刊行していきたいというのであれば、相乗効果が見込めるかもしれませんね。さて、話は変わりますが、この作品にある“マーベル・ナウ!”とはいったい何のことなんでしょうか?」

中沢「実は、この作品はその“マーベル・ナウ!”の直前に刊行されているので、厳密にいえば違うと思うのですが、アメリカのTPBにも“マーベル・ナウ!”のロゴがプリントされているので、その現行シリーズとして括ってしまってもいいとは思います。“マーベル・ナウ!”とは、2012年に行われた、現行タイトルをリニューアルしたシリーズのことです。大型クロスオーバー作品の完結を受け、マーベル・ユニバース(マーベル・コミックスのキャラクターがいる世界)の情勢が変化したことにより、新しいタイトルが多く発売されました。DCコミックスの“ニュー52”シリーズのようなものですね。アメコミは基本的に物語がずっと継続しているので、アメリカにおいても、新規読者からすれば“どこから読めばわからない”などの問題があるので、このように定期的に物語が再構築されるのです。ここ数年は、映画を使って効果的にキャラクターの知名度を上げているので、キャラクターを連載コミックスに取り上げるポイントを作るため、新たにチーム編成をして登場させたり、お話を新章突入にしたりして、新規読者を入りやすくしたということです」

「今後、そういう作品は翻訳されていくんですか?」

山本「おそらく」

「先ほどは読者の投票コメントを紹介しましたが、作り手であるお二人は、本作のどういったところに魅力を感じて作られたんですか?」

中沢作品単体で楽しめるのは大きいですよね。スーパーヒーローもののアメコミは良くも悪くも歴史があるので、もちろんそこが魅力でもあるのですが、先ほども話したとおり、新規読者にとっては入りずらいところがあります。そういった意味でも、キャラクター造形などは過去の話に基づいているとはいえ、背景を知らなくても読めるのが魅力だと思います。また、ストーリーが魅力的だという点も挙げられます。難解で深みのある話ではなく、どちらかといえば、スケールの小さい、日常の話なのですが、ストーリー展開やセリフ回しなどが翻訳者的には楽しかったですね」

山本「ストーリーもさることながら、やはりデイビッド・アジャの魅力的なアートは大きいかと思います。コマ割りなんかもオルタナっぽい感じで、通常のスーパーヒーローもののアメコミとは違いますし、前回のガイマン賞のトークイベントで椎名さんが“クリス・ウェアの影響があるようにみえた”と仰っていましたが、ちょっとおしゃれな感じのアートが引っ張っている部分はあると思いますね」

「それでも、本作はスーパーヒーローもののコミックじゃないですか。そういうものを日本の読者が求めていると思った部分もあるんですか?」

山本「それは、オルタナティブ・コミックスをということですか?」

「まあ、オルタナというか、スーパーヒーローものとはちょっと毛色の違うものを」

山本「なるほど。潜在的にはいらっしゃると思いますよ。先日メディア芸術祭マンガ部門審査委員会推薦作品に選ばれた『デイトリッパー』は、バットマンでお馴染みの大手コミック出版社DCコミックスから刊行された作品で、彼らの“バーティゴ”という非スーパーヒーローものを扱うレーベルから出版されました。我々もこのような作品を多少手掛けているのですが、重版がかかるほどの売れ行きはまだ見込めないものの、日本の読者からも高い評価をいただいております。私が言うのもおか しなことですが、やはり海外コミックスは全体的にまだ価格が高いので、評価も高く、予備知識が必要のないこのような作品は、日本の漫画を読む感覚で気軽に購入できればいいのですが、価格がネックでなかなか手が伸びない。ですので、読みたいけれど高いから……と思っている方は多いと思います」

「なるほど。でも『ホークアイ:マイライフ・アズ・ア・ウェポン』はそんなに高くないですよね」

山本「いまの海外コミックス邦訳版の中では安いほうかもしれませんが、この図書館に並んでいる日本の漫画と比べると、やはり2,000円の漫画は高いと思いますよ。20年前に小社で刊行していたアメコミですら、単行本ではなく、雑誌として刊行していたとはいえ、980円や1,000円台が多かったですからね。もっと我々も努力しなければならないな、と思っています」

「ありがとうございました。僕らもこの作品を読んでいるので、その魅力をお話できればと思います。では、まずこの作品が大好きな椎名さんからどうぞ」

椎名「簡単にお話させていただくと、私が好きなポイントはやはりアジャの画。デザイン性が高く、スタイリッシュで、英語で言うと“Likable(好ましい/感じのよい)”、共感できる愛すべき人物像を描いていると思います。また、スーパーヒーローなのに、凶悪なヴィランと戦うのではなく、先ほどの読者のコメントにも“事件屋稼業”とありましたが、街の小悪党たちと戦っている様が個人的には好きですね。中沢さんが仰っていたことにも繋がるのですが、90年代以降のスーパーヒーロー・コミックスは、アメリカの映画やドラマの影響もあり、映像関係の脚本家たちもコミック業界に参入してきて、自然で洗練された会話をコミックにも上手く取り込んでいる作品が多くなったと思います。この作品も同様に、すらすらと読め、ナチュラルに仕上げているところが気に入っています。本作は、スーパーヒーロー・コミックスというジャンルの中にあり、そのジャンルのルールや設定を踏襲しているところもありますが、それを外しているところもあるので、自然に読めるのではないかと思っています。長い歴史のあるスーパーヒーロー・コミックスは、日本人の考えるステレオタイプのものとは違って、実は常に新しい試みや実験をやってきているんですよね。ただ、いろいろと模索していく中で、隘路というか、ニッチな方向にたまに行ってしまい、それが“難しい”と評されることもあります。ですが、本作は、いい意味で新しいことをやっており、大衆に開けたところに向かっていると感じました。その点が素晴らしいと思いますね」

「このアートは、アメリカでも評判がいいんですか?」

椎名「カバーアーティストとしても、すごく評価されていますよ」

山本「本作のカバーアートで、アイズナー賞を獲っていますからね」

中沢「アメリカ人の感覚としても新鮮なものとして受け入れられていると思います」

「それは批評家たちからですか、読者からですか?」

中沢「批評家も読者も両方ですね」

「僕がすごく思ったのは、山本さんもツイートされていましたが、バンド・デシネが好きな人も読める作品だな、と。特にデイビッド・アジャが描いた話のところは、まさにバンド・デシネだと思いました。ラフで太い主線や、わりとペタッとした色の塗り方や、面として、場面場面で上手く統制をしながらカラーリングを変えていくところがバンド・デシネと似ている。最近、バンド・デシネは、アメリカのコミック市場で、また少しずつ翻訳版が刊行されていますが、なかなか上手く展開しきれていないところがあります。そんな中で、バンド・デシネに近いと思えるアートが受け入れられているということは、国際的な市場を考える上でも、すごくいいことだと思いました。もう一つ、椎名さんからクリス・ウェアという作家の名前が挙がりましたが、僕は『フォトグラフ』エマニュエル・ギベールの作風を想起しました。塗り方もそうですが、全体的な描き方が似ているな、と。とはいえ、アメコミの場合は、カラリストがいるじゃないですか。きっと、色に関しては、カラリストの裁量なんですよね?」

中沢「色自体やコンセプトはカラリストだと思いますね」

「打合せとかあるんですかね?って、こんなことは翻訳者の方に聞くものではないのかもしれませんが(笑)」

中沢「そうですね……まあ、ライターかアーティストのどちらかが細かく指定することはあったりするので、誰かが統制をとっているとは思いますよ。各自がそれぞれ勝手なところでやって、たまたま上手くいったというタイプのものではないでしょうね」

椎名「こちらが先ほど話題になったエマニュエル・ギベールの『フォトグラフ』ですね。今年のガイマン賞にノミネートされている作品です」

『フォトグラフ』だけじゃなくて、その前にフランスの作家ダビッド・ベーと組んだギベールの『Le Capitaine Ecarlate』も、あえて訳せば“キャプテン・スカーレット”みたいなタイトルの作品なんですけれど、色の塗り方は微妙に違えど、太い主線にベタッとした塗り方はデイビッド・アジャに似ているんですよね。そういうことをやっているのは、60年代の作家でもいますが、そこにある種の美意識を加えて、ポップなものではなくて、もっと渋めの色彩で描いている方が多くなったのは、90年代以降かなと思います」

椎名『フォトグラフ』もすごい作品ですよね」

『フォトグラフ』は素晴らしい作品です。これも、日本語版はShoProさんなんですよね(笑)」

山本「ですね(笑)。フランスで累計30万部で世界でも15ヵ国で翻訳されているバンド・デシネなのですが、日本では(ビジネスとして)ちょっと無理して刊行した作品の一つですね……日本でも評価をいただいているのは大変嬉しいことなのですが」

「そうですね。こういう作品がもっと日本で売れるようになったら嬉しいんですけどね……僕はバンド・デシネを翻訳しているので、特にそう思います。でも、なかなか厳しいんですよね」

山本「う~ん……5,400円ですからね」

「たしかに自分で買うかといわれると躊躇してしまいますよね(笑)」

山本「小社から刊行した『リトル・ニモ 1905-1914』も後世に残る立派な本だと思いますが、6,000円という高額になってしまいました。この“リトル・ニモ”は我々が刊行する半年前にパイインターナショナルさんから『リトル・ニモの大冒険』という、ほぼ同じ内容の作品が発売され、そういった影響もあったと思いますが、いくらファン向けの作品であっても、価格が高すぎると広がりにくいのは事実ですね。もちろん価格に関係なく売れる作品も稀にあるとは思いますが」

「そうですよね。その話はまた後ほど伺いたいと思います。もう少し『ホークアイ:マイライフ・アズ・ア・ウェポン』の話をしますと、楽屋で椎名さんとも話をしていたのですが、特にアジャが担当した物語で面白いと思ったのは、凝ったつくりをしている点ですよね。それぞれナレーションを多少変えてきているのですが、どれも“ヤバイ”という言葉から始っている。それはそれでいい味だなと思いますし、シークエンス(物語上での一続きの場面)を変える時に、同じカット、同じ画で繋いで変えているんですよ。こういうことは、物語の世界に入り込ませるためには、わりと余計なものかもしれないなと思うのですが、それでもこのような手法をとるアメコミの、スーパーヒーローものの作家って多いんですか?」

中沢「いや、このスタイル自体はそんなに……ここまで多く取り入れたのは珍しいと思いますよ」

「一話目、しつこいくらいやっていますよね(笑)」

▲翻訳家の中沢俊介氏
中沢「そうですよね……ある種のこだわりかなと(笑)。話自体は非常にシンプルなのですが、無駄に錯綜させ、話を入れ替え、さらに“画で韻を踏む”ことをやっていて、その“遊び”の感覚が受け入れられたんだと思います」

「本作は、ハードボイルドとまでは言わないまでも、そのような話が進んでいて、最後はちょっといい雰囲気で落とすじゃないですか。これがあるから全体としていい感じにまとまっているんだと思うのですが、それがなければ、ちょとウザい感じになっていたかもしれませんよね(笑)。それぐらい作り込まれていると思いました。それから、2話目は色彩の使い方がとても印象的で、ホークアイのカラーである紫色の使い方が魅力的でした。また、この話は所々モノクロで白く抜く場面があるじゃないですか。この演出を何人かのキャラクターでやっているんですけど、映画等でもたまに使われる手法で、そのような演出も効果的でしたね。あとグィド・クレパックスがよくやったような、すごく小さいコマをいっぱい並べる演出とか、様々な演出が面白いと思いました」

椎名「それに関連していえば、一コマ一コマの口の形に合わせて、一文字の訳をあてているところですが、ここは翻訳するの大変だったんじゃないんですか?」

中沢「なんとか訳しました(笑)。演出についてですが、そういう一個一個の技法って、完全に新しいものではないと思うんです。それまでいろいろと出てきたものを合わせていったという感じですよね」

「前衛というより、レトロっぽい雰囲気が常にある作品ですよね。一読した時には“ふーん”という感じだったのですが、熟読すると“ああ、なるほど。すごくよくできているな”、と。この2話目については、もう一つあるのですが、物語の最初のページと最後のページって、まったく同じコマ割りなんですよね。どこまで狙って作り込んでいるか分からないんですが、こういうことは、フランソワ・スクイテンとかブノワ・ペータースとかのバンド・デシネでもやったりするんですよ」

中沢「そのような実験的なことは、このあとの号でも続いていて、完全に犬の視点で1話が描かれたりするんです」

「アジャが描いているのは、本作では3話しか訳されておりませんが、この続きがあるんですね」

中沢「あります」

「それは出るんですか?」

中沢「……出てほしいですね」

山本「出てほしいですよね(笑)。話は少し逸れますが、いままでの話を聞いて思ったのですが、いまはアメコミやバンド・デシネなどと呼称していますが、デイビッド・アジャはスペイン出身ですし、アメコミにも欧州や南米出身の作家が少なくありません。日本人のアメコミ作家もいますしね。バンド・デシネはわかりませんが、日本でも海外の作家が日本で描くというようなことは、今も昔もありますよね。そこらへんは、以前よりもボーダレスになってきていると思うので、各国でのコミックの特色はあるにせよ、日本の読者においては、アメコミは劇画調だからとか、バンド・デシネは単調だからとか敬遠せず、まずは先入観を持たずに、様々な世界のコミックを読んでいただきたいですね。そうすれば、どの国の作品であろうとも、いろいろな視点から作品を読むことができると思います。結果、海外コミックは肌に合わなかったとなってしまうかもしれませんが、まずは読んでいただきたい。我々もその壁をなくせるよう、努力していきたいですね」

「そうですね。まさにガイマン賞もそういうことを願って作られた賞ですので、そのような状況になることができたらいいですよね。その点で、この作品は本当にうってつけではないかと思います。3話目も矢の種類がたくさん出てくる面白い作品ですよね。9つバカなことをして、9つバカなことを語っていくわけですが……順番がちょっとずれているという。そうそう、一つ伺いたいことがありまして、本作の11ページのいちばん右下のコマの吹き出しに“〈スペインらしき大声〉”という、セリフではなくト書きのようなものがあるんです。このようなト書きがいろんなところに出てきますよね。当然、原書でも書かれていると思いますが、原作者はどういうつもりで書いているんですかね? オシャレなんですかね?」

中沢「う~ん、そうですね……本人なりの美意識はあると思うんですよね。例えば、65ページの会話のところで、“〈屈辱的な形容の言葉〉”とあるんですが、ここは要するに“ビッチ”という類の言葉だと思うんですけど、その用語や伏字を使いたくないということで、少し捻った使い方をしているんだと思います」

「なるほどね。こういうのは、本当に翻訳者泣かせなんじゃないのかなって思いました」

山本「たしかに日本の読者は“え?”ってなるかもしれませんよね。実際に読者からもご指摘がありましたから。卑猥な言葉を使うシーンでは“****”などの伏字にすることが多いですしね。ただ、原書でもそうだったので、日本語版ではヘンに変えずに原文を活かすことにして、せめてセリフのなかにあるト書きの書体を変えて、少しでも読みやすくする工夫はしましたけど」

「こういうのは、日本の漫画に同じような文法があるんだったら、すぐわかりますけれど、同じ文法がなければ、違和感があっても仕様がないと思いつつも訳さなければなりませんよね……」

中沢「それでも、なんとか違和感を感じさせないように、というところですかね」

「たしかに。ニコラ・ド・クレシーの『天空のビバンドム』を訳したときに、似たような箇所があって……僕もなんとか訳しました(笑)」

「というわけで、『ホークアイ:マイライフ・アズ・ア・ウェポン』についてお二人にお話を伺いました。ありがとうございました。まだ未読の方はぜひ読んでみてください」

椎名「ホントに読んでいただきたいですね。続刊を出してほしいというコメントも多かったですね。この第1巻の売れ行きに左右されると思いますので、ぜひ……と、ここで宣伝するのはおかしいのですが(笑)。せっかく第1位を獲った作品ですし、続きを読めるような状況になってほしいです」

「本書は、3種類のスーパーヒーロー(デイビッド・アジャが描くホークアイ、ハビエル・プリードが描くホークアイ、ヤング・アベンジャーズの3種類)が読めるという、お得な作品です」

椎名「それぞれホントに雰囲気が違いますからね。最後の作品は、先ほど中沢さんがご説明になったように、80年代から活躍しているベテラン・アーティストが描いたコスチューム姿のホークアイが登場しています。それはそれで見応えがあると思います。また、『ホークアイ:マイライフ・アズ・ア・ウェポン』の本編では、冒頭に新しいコスチューム姿が描かれていますが、クリントの日常を描いている作品なので、Tシャツにジーンズやスーツ姿などの服装が多く、スーパーヒーロー然としていないので、とっつきやすいところも魅力の一つですね」

「個人的には最後の作品のラストは“なんだ、コレ?”と思いました(笑)」

中沢「これはまあ、発掘的なもので、いわゆるボーナストラックですからね。別のシリーズの作品ですから、多少話の前後が分からないと楽しめるものではないかもしれません」

「いろいろな楽しみ方があるということで、ぜひお読みいただければと思います。では、ここからはガイマン賞の他の上位作品について、お二人を交えて話していきましょう」

【第2位】
カンポンボーイ(制作国マレーシア)
作者:ラット
訳者:左右田直規、稗田奈津江
出版社:東京外国語大学出版会

「第2位は『カンポンボーイ』という作品になりました。実はまだ僕は『カンポンボーイ』を読んでいないので、はやく読まなければなと……」

山本「自分、読みましたよ」

「ホントですか? いかがでしたか、『カンポンボーイ』」

山本「1979年に発表された作品で、本作の前にも邦訳されたことがありますよね。前回のここでのトークイベントで、小野耕世さんも推薦していましたし、小野さんは何度も著者のラットにお会いしているようですね。まだ一読しかしていませんが、モノクロの絵本を読んでいる感じでした。画も緻密で、内容は1950年代のマレーシアの村の出来事が淡々と描かれており、マレーシアの文化に興味のある人にとっては、いい作品だと思いました。個人的には特別なコメントがあるわけではないのですが、懐かしき情景が描かれており、東京外国語大学出版会さんならではの作品だと思いました」

「そうですね。そういうところから古典的な作品が出ることはいいことですよね。漫画というよりは絵物語という感じですかね」

椎名「『カンポンボーイ』について、小野先生はいろんなところでお書きになっていて、作者のラットさんはマレーシアの代表的な漫画家として知られ、マレーシアでは、本作は日本でいうサザエさんやドラえもんのような作品だそうです」

山本「『カンポンボーイ』は、以前『カンポンのガキ大将』という邦題で刊行されていましたが、読んでいて“ガキ大将”という感じがしなかったので、いまの時代には『カンポンボーイ』というタイトルの方がしっくりきますね」

「ありがとうございました。そして、第3位は『かわいい闇』です。僕が訳させていただきました」

【第3位】かわいい闇(制作国フランス/ベルギー)
作者:マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン(作)/ケラスコエット(画)
訳者:原 正人
出版社:河出書房新社

椎名「ShoProさんも検討していたという作品ですね」

「たしかに。ShoProさんにも持ち込みました(笑)」

山本「(笑)。覚えていますよ。とてもいい作品だったので、ちゃんと検討したんですが、他社さんで刊行されたほうがカラーが合っているだろうと……」

中沢「バンド・デシネもバリエーションが広がっていますよね。フランスでもそうでしょうし、日本で刊行できるものという意味でもそうでしょうしね」

「そうですね。ただ『かわいい闇』と同系統の作品が今後邦訳できるのかというのはわからないんですけどね。バンド・デシネというと、基本的にはSFだったり幻想的な作品というイメージが強い中で、ちょっとジャンルが違う、心に響きそうな作品を多く刊行できるかどうか……」

山本「原さんは、この手のジャンルも好きですよね」

「大好きです」

山本「小社では、原さんが翻訳されたヴィンシュルス『ピノキオ』を刊行したので、作風は違いますが、そのラインで刊行できないかと検討していたんですけどね。『かわいい闇』の評判はいかがですか?」

「SNSでの反応はかなりいいと思います。悪く言う人はあまりいませんね」

山本「小社で刊行しているバンド・デシネ作品の7~8割は男性読者なんですが、『かわいい闇』はどうですか?」

「どうでしょうか、女性読者も多いと思いますよ」

椎名「私もいろんなところで取り上げましたけど、個人的に好きな作品です。“かわいい”と“グロ”の組み合わせを好きな女性は多いと思います」

中沢「フランスでの位置づけはどうなんですか?」

「特殊な作品ですね。これが出たからすごい騒がれたという作品ではないです。売るほうとしては“すごい作品が出てきた”と前面に出したかったと思いますが、読み手はそれに乗ってくれなかったという印象でしょうか。作者たちの認識もそうだったと思います。インタビューのなかにも書いているんですけど、フランスは“甘いもの”と“辛いもの”を一緒にするのを好まないそうです。フィクションでも文学は別かもしれないんですが、こういう“画”がついている作品は、“画”がついているだけで子供向けのものと思われる傾向がすごく強く、そこに残酷なものが入っているのは、あまり好ましく思われないそうです。たしかに若い読者の中にはこういうものを好む層もいると思いますが、大勢としては、そういう感じだそうです。しかも子供向けとして売るわけではないので、マーケティング的にも難しいところもあったと思います」

中沢「なるほど。アメリカに比べて、ヨーロッパは日本の漫画が普及しているじゃないですか。バンド・デシネとは読者層は別なんですか?」

「基本的には全然別です。それはアメリカでも一緒だと思うんですけど、読者層は別ですね。ただ一部の層は重なっていると思います。たとえば、フランスでは谷口ジローさんはものすごく受け入れられていて、アメリカではそこまでではないと思うのですが、そのようにバンド・デシネの読者だけど、日本の漫画のいい作品は読むという読者はいたりします。そこがちょっと違うところでしょうか」

中沢「最近、アメリカでは女性作家さんが育ってきていて、グラフィック・ノベルを出すような小さな出版社からも女性作家さんの作品が出て高く評価されていたりしています。2000年ぐらいにアメリカでは日本の少女漫画のブームがあって、その影響もあってか、当時少女漫画を読んでいた子供たちが作り手に回ってきているのだと思います。当然彼女らもアメリカのコミックも読んでいるので、漫画そのままではなく、コミックの中で漫画のテイストを出している、ハイブリットな作品が生まれている印象がありますね」

「世界的な規模で考えると不思議ですね。少女漫画のようなジャンルは、日本の中ではきちんと市場があり、作家もどんどん育ってきているのに、海外では(市場が)なかなか育たないですよね……」

椎名「“少女向け”と限定すればそうですよね」

「少女限定ではなく、“女性向け”だとしてもけっこう厳しくないですか。自伝的なものやエッセイのようなものだったら当然存在しますが、若干エンタメ寄りのジャンルでは難しくないですかね……。日本の漫画は、内容として、やれることの幅がすごく広くて、以前にも椎名さんが仰っていましたが、どちらかというとドラマみたいなことができるのが日本の漫画だったりしますからね。ですが、アメリカのコミックの中にもドラマっぽいところがあったりすると、今後の可能性に期待してしまいますね」

椎名「たしかに、日本の漫画とアメリカのコミックスがいい意味で混じってきた作品が最近多く出てきています。そういうところでも女性の活躍の場が広がっている部分はあると思います」

「その意味で言うと、バンド・デシネは、まだまだストーリーが書ける女性作家ってそんなに多くないと思います。もちろんゼロではないんですが、90年代以降のバンド・デシネは、自伝的な作品などが比較的多くて、それがメインストリームの中に入ってきた印象があるので、現時点ではそういう作品が受け入れられるのかな、と。そんな中で『かわいい闇』の原作者の一人であるマリー・ポムピュイのような作家の存在は稀有だと思いますが、そういう女性作家たちがこういうところで書き続けていけるのかどうか、今後注目ですね」

山本「先日他社さんで発売した『ジョセフィーヌ!』は女性のエッセイ・コミックですが、来日の影響もあり、メディアに取り上げられて好調なようですね。日本人が描くエッセイ漫画なら市場はありますが、海外の女性作家の邦訳は正直難しいと思っていました。今後は、海外の女性作家さんの活躍もウォッチしていきたいですね」

「そうですね。『ジョセフィーヌ!』は来年のガイマン賞のノミネート作品になりますので楽しみです」

【第4位】
ヒットマン2(制作国アメリカ)
作者:ガース・エニス
訳者:海法紀光
出版社:KADOKAWA/エンターブレイン

「続いて、第4位は『ヒットマン2』ですね。第1巻が出たときにも評判になっていた作品で、昨年のガイマン賞でも第8位でした。この作品は他社さんから出ていますが、出版の検討はされなかったのですか?」

山本「本作の翻訳者である海法紀光さんが、『ヒットマン』に登場する“ドッグウェルダー”というヒーローの名前を“犬溶接マン”と訳し、その名前がツイッターやネット上で拡散して、局地的に有名になって、邦訳に至ったという流れだったと思います。そして、これまたネット界隈で話題となったSF小説『ニンジャスレイヤー』の日本語版に携わっている編集者さんかどなたかが、おそらく本書を企画されたんじゃないかな、と。直接ご担当者さんと話したわけではないので、間違っていたらごめんなさい。海法さんは、翻訳だけではなく、小説やアニメの脚本を書いたりと、幅広く活躍されている方です。古くは、小社のアメコミの翻訳にも携わっていて、彼とも繋がりがないわけではなかったので、アプローチしようかいろいろと考えましたが、結果、先に他社さんが企画して出版したという感じですかね。本作は、バットマンなどのDCコミックスから刊行されており、舞台もバットマンがいるゴッサムシティなんですよ。第1巻が発売された当時は、“犬溶接マン”目当てで購入した読者が多かったと思います。主人公は“犬溶接マン”ではないので、(第1巻は)彼の出番がほとんどなくて残念に思った読者もいれば、ハードボイルドな作品で面白かったと思った読者もいたんじゃないんでしょうか」

中沢「僕は、日本で刊行されたことにビックリしました。(バットマンやスーパーマンなんかと比べると)ヒットマンは、さほど有名なヒーローではありませんから。ライターのガース・エニスは、日本でも有名で、彼がキャリアを確立した作品ですから気にはなりましたが、ヒットマンの原書(リーフ)を毎月楽しみに読んでいた日本人はそう多くはなかったと思います。当然、中には追いかけていた人もいらっしゃるとは思いますけど……。最後まで刊行するのかはわかりませんが、読者の支持があったからこそ、日本で第2巻まで出せたのだと思います」

「僕は、第1巻から通してちゃんと読んだわけではなくて、第1巻も第2巻もまだ途中までしか読んでないのですが、第2巻から読んでも充分面白いし、読ませる作品ではありますよね。画は超上手いとはいえませんが、味があっていいですよ」

中沢「マイナーなキャラクターということがプラスに働いているところがあると思うんですよね。スーパーマンとかバットマンとかのメジャーなキャラクターだと、出版社の方針で大型のクロスオーバーイベントとかをやらなければならないと思うんですけど、このヒットマンはそれほど知名度が高いわけではなく、ライターのガース・エニスとアーティストのジョン・マクレア本人たちが作ったキャラクターなので、ある程度自由に作れたのではないかと思います。それが功を奏した作品だったと思います。また、この時期の作品はそれほど多く邦訳されていないので、関連キャラクターの動向が本作品を通して知ることができるという読み方もありますよね」

椎名「“犬溶接マン”という犬の死体を悪人の顔に溶接するというキャラクターなんですが、どういうふうに話題になったか、ホント不思議なんですよ」

山本「先ほども触れましたが、2012年9月頃から翻訳者の海法紀光さんがご自身のツイッター上で“ドッグウェルター”のことを“犬溶接マン”と翻訳し(2009年のツイートですでに訳されていたようです)、そこからツイッター上で拡散されて面白い、気になると話題になったと思います。“○○マン”と日本語に置き換えたのがハマったんじゃないかなと」

「帯に“犬溶接マン”とデカデカと載っていますからね」

椎名「主人公じゃないのに“犬溶接マン”がウリになってますもんね」

山本「ここ最近すごく思うんですけど、自分は海外コミックスの企画や編集に携わって15年ほどなんですが、15年前と現在では環境がまったく違うので、それこそパソコンや携帯の普及率もネットの環境も変わってきていますよね。ツイッターなどのSNSが定着したことで、愛読者はがきだけではなく、いまではリアルタイムに直接読者の声を聞くことができる。今回ガイマン賞にランクインした小社刊行のデッドプール:スーサイド・キングス』『バットマン:アンダー・ザ・レッドフード』なんかは、ネット上での読者の反応がとてもよかったんです。そのような作品を提供すると初動がものすごく伸びる。同様に、この“犬溶接マン”も半年前にツイッター上で盛り上がり、すかさず出版することで、ガッと売れたんじゃないんでしょうかね。仰るように“ヒットマン”よりも“犬溶接マン”が目立っちゃっているんですが、ネットを上手く活用したマーケット・リサーチの結果だったんじゃないんでしょうか」

【第5位】
バットマン:アンダー・ザ・レッドフード(制作国アメリカ)
作者:ジャド・ウィニック(作)/ダグ・マーンキ、ポール・リー、シェーン・デイビス、エリック・バトル(画)
訳者:高木 亮
出版社:小学館集英社プロダクション


「なるほど。ぜひ参考にしたいですね。続いて第5位は『バットマン:アンダー・ザ・レッドフード』

山本「先ほどお話したとおり、本作は読者の声を聞いて出版したといっても過言ではない作品の一つです。小社はバットマン作品をたくさん出版しているのですが、その中で、バットマンの相棒であるロビンというキャラクターに人気があるということを肌で感じており、『ホークアイ:マイライフ・アズ・ア・ウェポン』にも携わったハビエル・プリードらが描いた『ロビン:イヤーワン』という作品を刊行したり、ロビンが活躍している作品をいくつか刊行しました。実は、ロビンは何代かおりまして、ここでは詳細は割愛いたしますが、初代、二代目、三代目……といるんです。数年前に『バットマン:デス・イン・ザ・ファミリー』という作品を刊行したのですが、この作品は、二代目ロビンの死を描いた話と、ある少年が三代目ロビンになるまでを描いた話が収録されているんです。当時のアメリカの読者投票で二代目ロビンの死を決めたというエピソードなんかもあるんですよ。それには賛否両論があったと思うのですが、それから17年くらい経って刊行された本作『バットマン:アンダー・ザ・レッドフード』にて、その亡くなったはずの二代目ロビンが、レッドフードというキャラクターとなって復活することになります。我々が『バットマン:デス・イン・ザ・ファミリー』を刊行した時に、二代目ロビンのファンの方から二代目ロビンを死なせたままにしないでとか、そのうち復活して活躍するのでこの作品が出ないと辻褄が合わないなどのご意見をいただき、当初はあまり刊行を考えていなかったのですが、結果、ご意見を聞き、再度考え直して刊行したという経緯があります。また日本では未発売ですが、この作品はOVAとして映像化されていて日本でも多少認知度がありました。内容としても面白くて、いつものアメコミのようにバットマンの予備知識は多少必要なんですが、たとえ予備知識がなくとも読んでいるうちに相関図が把握できますので、けっこう楽しい作品だと思います」

中沢「本作が日本で刊行されたときは、なんでいまこのタイミングで出すんだろうと、ちょっと唐突な感じがしたのですが、読んでみたら面白かった。あとはカバーアートを担当していたジョックの画やアメリカで『グレンデル』というコミックを描いているマット・ワグナーの画が見れたのは嬉しかったですね」

「邦訳されているバットマン作品もたくさんあるので、これがマストだとか、ここから読めばいいとか、いずれわかるようになったら嬉しいですよね」

山本「そうですね。今年の11月で、小社が海外コミックスを刊行して20年経ったのですが、20周年を記念して、カタログを制作し、書店さん等で配布しました。これはただのカタログなのですが、次回は、原さんが仰ったようにアメコミに限らず、海外コミックスの手引書のようなフリーペーパーが作れればいいなと思っています」

中沢「バンド・デシネもジャンルが広がっているので、入口を示してあげれば、興味を持つ人は増えると思いますよね」

「なんだかんだ言って、まだ海外コミックスを知らない人は多いでしょうし、アメコミに比べてバンド・デシネのほうがもっと知られていないでしょうからね」

山本「個人的にはバンド・デシネのほうが日本で売れる可能性を秘めていると思っているんです。スーパーヒーローものは過去の歴史や背景がわからないと入りにくい部分はあるので、漫画好きなら誰でも読めるというものではないでしょうし、アメコミにも作品単体で吟味できるオルタナ系や非ヒーロー系、感動的なコミックもあるのですが、(原書の)作品数が多くて選びにくいし、実際邦訳されているのが少ない。バンド・デシネは、当然長編作品もありますが、単行本一冊で完結できるくらいのボリュームでまとまっている作品も多く、テーマも万人に訴求できる作品も豊富だと思います。我々はSF系やアート寄りの名作や大作を好んで刊行してきましたが、そうじゃないジャンルもバンド・デシネにはたくさんあるので、まだまだ可能性は未知数じゃないかなと思っています」

「でもやっぱり映画で知られているとか、そういうもののほうが最初は入りやすいのかなとは思いますけどね……」

椎名「ShoProさんのカタログの話になりますが、この表紙のキャラクターは現在マーベル・コミックスで活躍されている日本人作家のグリヒルさんが描いたんですよね」

山本「そうですね。グリヒルさんは学研さんより発売している『スター・ウォーズ英和辞典』でもイラストを描かれていて、話題になっています。今後もグリヒルさんには注目したほうがいいと思います」

【第6位】
完全成形術 マスタープラスティー(制作国イギリス)
作者:ジェームス・ハーヴィー
訳者:Black Hook Press
出版社:Black Hook Press

「続いて、第6位は『完全成形術 マスタープラスティー』。これはお読みになっていないですよね?」

山本「これは、さすがに手に入らなかったので読んでいません……ただ、いまパラッと見たら、このタッチは中沢さんが好きそうなジャンルじゃないかな、と(笑)」

中沢「そうですね……僕も今回のガイマン賞に入るまで存じ上げなかったのですが、これはちゃんと読んでみたいなと思いましたね。(ガイマン賞も)出会いの場としてはとてもいいですよね」

「そうですよね。本作は同人誌として出版されたものですので、(ガイマン賞をきっかけに)書店さんで並べられるところまでフォローできればいいなと思います」

椎名「最近ヴィレッジヴァンガードさんで買えるようになったそうですよ。本作はアメリカのイメージ・コミックスで刊行されたものです」

「実はこの会場に関係者の方が来てらっしゃるんですよね。一言いただけたりするのでしょうか……」

関係者(通訳:椎名「本書の作者であるUKアーティストのジェームス・ハーヴィーは本日ここにおりませんが、原宿で行う個展のために来日しています。昨年の10月にイメージ・コミックスで出版されたもので、次の新作も来年イメージ・コミックスで出版が決まっています」

「来年の作品も日本で刊行されるのですか?」

関係者(通訳:椎名「会社としては新しい作家さんを日本人に紹介したいそうで、次の作家さんはエレン・デイビスという女性作家さんだそうです」

【第7位】
デッドプール:スーサイド・キングス(制作国アメリカ)
作者:マイク・ベンソン、アダム・グラス(作)/カルロ・バルベリー、ショーン・クリスタル(画)
訳者:高木 亮
出版社:小学館集英社プロダクション

「ありがとうございます。では続いて、第7位はデッドプール:スーサイド・キングス』です。昨年初めて日本で単行本が出版されて、すごい人気じゃないですか」

山本「そうですね。この作品は2作目となります。第1巻、第2巻……と順番に出しているわけではなく、面白い読み切り作品を中心に刊行しているのですが、昨年9月に『デッドプール:マーク・ウィズ・ア・マウス』を出して、今年刊行したのがデッドプール:スーサイド・キングス』となります。映画化の話もありますし、キャラクターにすでに固定ファンがついていますからね。スパイダーマンやX-MENといったキャラクターと比べると、一般的にはマイナーなキャラクターなのですが、日本においてもコアなファン層に支持されながら、キャラクターの面白さが口コミで広がっているタイミングで、昨年コミックスを刊行したという流れですかね。女性ファンも多く、10代の女性にも購読していただいていますね」

「なんでそんなに人気が広がったんですかね」

山本「先ほど椎名さんが“かわいい”と“グロ”が好きな女性は多いと仰っていましたが、やっぱり“キモカワイイ”というところもウケているんだと思いますよ。マーベル・コミックスには、ウルヴァリンという不死身のキャラクターがいるのですが、デッドプールはそれと同じタイプで、銃で撃っても刀で切っても絶対死なない。ですので、本編にもちょっとグロいシーンがあったり、マスクを脱ぐと皮膚が爛れていたりします。カッコいいマスクマンという一面もありながらも、そういう容姿をしているギャップもいいんでしょうね。ビシッと決めるところは決めますし、くだらないギャグも言いますし、第四の壁を破って読者に語りかけますし……クールで、オチャメで、ちょっとグロいなど、好かれるポイントはいくつもあるんでしょうね。古くは映画『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』でちらっと登場し、フィギュアなども売れているでしょうし、日本ではゲームの『MARVEL VS. CAPCOM 3』で知ったという方も多いと思います。昨今では、ネットで海外の映像なども見れますので、多方面で広まっていったと思います」

椎名「私はネットでゲームのティーザーを観たんですが、戦っている最中にいきなりプレイヤーに話しかけたりしていて面白いなと思いました」

山本「いま『ディスク・ウォーズ:アベンジャーズ』という、マーベル・コミックスのキャラクターが登場する日本制作のアニメが放送されているのですが、デッドプールが登場した回の反応はすごかったみたいですよ。そういうアニメの影響も連動してコミックも売れているんじゃないかなと思います」

椎名「中沢さんはデッドプールは好きなんですか?」

中沢「僕は世代的に特に思い入れがあるわけではないのですが、最近は若い子が他のアメコミは知らなくてもデッドプールは好きと言う人は増えていますよね」

「しかも女子がね」

椎名「そうなんですよね。女子が多いと。私はこのシーンが好きなんですよね。スパイダーマンとデッドプールは外見が似ているということで二人が言い合っているなか、デアデビルがわりとどうでもよくなって途中でいなくなっちゃうという、なんかじわじわくるシーンですね」

中沢「デッドプールは、向こうではコメディアンの方が脚本を書いたりしています」

翻訳者は大変ですよね。面白くしなければならないじゃないですか」

山本「基本は忠実に訳されていますが、意訳したり、当然そのままでは伝わらないので多少のアレンジはありますよね。翻訳者の高木亮さんは、特別デッドプールが大好きというわけではないのですが、いろいろと工夫して翻訳していただいています」

椎名「ギャグって、翻訳するうえでいちばんイヤですよね」

「悩みますよね。特に音声的なギャグって置き換えが難しかったりしますね。本書には、長編と短編の2篇収録されていますが、個人的には短編のほうが好きなんですよ」

山本「なるほど。分かれるところかもしれません」

椎名「デッドプールもアメコミ初心者にも向いている作品ですよね」

山本「そうですね。デッドプール全体では『ウォッチメン』『キック・アス』の勢いに近いですね。ただデッドプールも作品数が増えてしまうと、バットマン作品のように落ち着くとは思いますが、ここ最近では人気のある作品です」

【第8位】
プロメテア1(制作国アメリカ)
作者:アラン・ムーア(作)
J・H・ウィリアムズIII(画)
訳者:柳下毅一郎
出版社:小学館集英社プロダクション

「続いて、第8位『プロメテア1』。この作品もすごい作品ですね」

山本「底本がアブソリュート版ですので、実はあと2巻残っているという……」

「出るんですか?」

山本「翻訳は柳下毅一郎さんなんですが、第3巻まで出版する方向で進めています。刊行は数年後になるとは思いますが……まだはっきりしたことは言えません」

椎名「本書は、いろんな方面で絶賛されている作品ですよね」

山本アラン・ムーアですしね。SFファンにも文芸ファンにも読んでもらいたいですね」

「ウンベルト・エーコの小説『薔薇の名前』とかを想起させる作品でしたね。『薔薇の名前』は“笑い”ということでしたが、この場合は“想像すること”ですよね。漫画とかコミックとかの枠を超えて、文芸好きの方もお薦めですね。続いて、第9位『デイトリッパー』。椎名ゆかりさん翻訳ですが、訳されてどうでしたか?」

【第9位】
デイトリッパー(制作国アメリカ)
作者:ファビオ・ムーン(作)/ガブリエル・バー(画)
訳者:椎名ゆかり
出版社:小学館集英社プロダクション

椎名「この作品を翻訳できてすごく嬉しく思いました。本当に素晴らしい作品なので、皆さんにもぜひ読んでいただきたいですね。人生には隠された偉大な秘密があるというのがテーマで、生と死や我が子の愛情などを描いた作品なのですが、それだけをお伝えしても本書の良さが伝わりにくいところはありますね。本作は凝った構成になっていて、全10章それぞれで毎回主人公は死を迎えるんですが、“If”ものや並行世界のように主人公はそれぞれ違った人生を歩んで亡くなります。そして、それぞれの人生を通して親子の有難みとか生命の尊さを語っていくという作品です。文学的なコミックですので、海外文学が好きな方にも読んでいただきたいですね。凝った構成というところは面白いので、もちろん漫画好きの方にも手に取ってもらいたいです」

「こういう作品って多く売れるわけでもないでしょうし、邦訳されている作品数も少ないですよね。どうすればこういう作品は売れるんですかね?」

山本「……再三申しておりますが、我々が頑張らないといけないと(笑)。宣伝のやり方も含めて、今後の課題ですね。バンド・デシネについても同じことなのですが、読んでみたらすごく面白い、感動したとおっしゃる方は多いと思うんですよね。本書を担当した編集は、翻訳原稿を読んで泣きましたと言っていましたから、ホントかウソかはわかりませんが(笑)」

椎名「それはホントですよ(笑)。第一稿をお送りしたら“号泣しました”と言ってましたから」

「翻訳された本人はいかがでしたか?」

椎名「そりゃ、もう大感動ですよ!」

山本「たしかに。『デイトリッパー』アイズナー賞ハーベイ賞も受賞し、ニューヨーク・タイムズ紙でもベストセラーで1位を獲得しているのですが、アメコミが好きな方でも本書の邦訳版が出ていることを知らない方が多いですよね。もう少し我々が皆さんに知っていただくきっかけをつくらないといけないとは思っています」

【第9位】
ポリーナ(制作国フランス/ベルギー)
作者:バスティアン・ヴィヴェス(著)
訳者:原 正人
出版社:小学館集英社プロダクション

「時間も押しているので次に行きましょう。同率の第9位『ポリーナ』は僕が訳させていただきました。オリジナルの版型よりも小さくして出版されて、ShoProさんとしては『ブラック・ホール』とかと同じ判型にして広めていきたいという狙いがあったそうですね。昨年、本書と同じ作家の『塩素の味』第17回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞を受賞し、作者が来日することとなり、その流れで刊行が決まった作品ですよね。これは僕が昨年フランスにいる間に訳しました」

山本「特急で訳してもらいましたね」

「特急でした(笑)」

山本「実写映画になるという噂もありますね」

「そうですね。彼は“間”の使い方が上手いですよ。バンド・デシネの伝統も引き継ぎつつ、日本漫画や日本アニメの“間”を上手く取り入れて作品をつくることができる、若いけど天才ですね」

椎名ヴィヴェスっておいくつですか?」

「30歳です」

椎名『デイトリッパー』『ポリーナ』を比べると、『ポリーナ』のヴィヴェスのほうが日本漫画に影響受けているなと感じました。特にコマ割りとかが。一方で、『デイトリッパー』の作者はブラジル出身の双生児なのですが、一世代上の人たちなんですよね。世代だけでは語れないとは思いますが、若い作家は日本の漫画の影響を受けている人も多いなと。読み比べてみるのも面白いかもしれません」

【小野耕世特別賞】
リトル・ニモ1905-1914(制作国アメリカ)
作者:ウィンザー・マッケイ(著)
訳者:小野耕世
出版社:小学館集英社プロダクション

「では最後に、小野耕世特別賞の『リトル・ニモ 1905-1914』。この作品は小野耕世さんが昔から紹介されていたものが、ようやくこのようなかたちで出版できたと。小野さんのコメントのなかにもありましたが、“残りの200ページもぜひ”ということですが……いかがでしょう?(笑)」

山本「う~ん……売れる売れないの話ばかりをするのはよくないと思いますが、本書の初版は2,000部を切っているんですよね。通常の初版が3,000~5,000部くらいだと考えると、少部数ですよね。当然、価格が高いということもあるのですが、長く売っていく作品だと思いますので、今すぐどうこうとはできないかもしれませんね」

「古典的な作品は、文化事業的な意味合いもありますからね」

椎名「リトル・ニモのTシャツも作ったというお話を聞いたのですが……」

山本「新美さんという方にデザインしてもらって、60枚ほど作って売っていましたね」

椎名「売っているんですね。リトル・ニモのビジュアルを使ったガイマン賞のポスターが欲しいという方も多かったみたいですよ。リトル・ニモの画はいいですからね」

「そういえば、『ジェセフィーヌ!』のペネロープ・バジューがそのポスターが欲しいと言って持って帰りましたよ(笑)。さて、そろそろお時間となりました。本日は、ガイマン賞上位作品を振り返り、ShoProの方をお招きいたしました。最後に今後の方針などをお聞かせください」

山本「先ほども申しましたが、ShoPro Booksの海外コミックスは今年20周年になります。今年も50作品ほどの海外コミックスを出版しましたので、来年も作品数的には維持していきたいと思っております。また、最近バンド・デシネはお休みしていますが、ジャンルの幅もバランスを取りながら広く海外コミックスを展開していきたいですね」

「中沢さんは、今後翻訳されるタイトルはございますか?」

中沢「時期とかはまだ決まっていないのですが、ダニエル・クロウズの『ウィルソン』があります。オルタナ系の名作です。頓挫してしまいましたが、一時期『ファミリー・ツリー』の監督アレクサンダー・ペインが映画化するという話もありました」

「今後、他にもたくさんの作品を手掛けていかれると思いますが、ぜひ2015年のガイマン賞で取り上げさせていただけたらと思います。皆様、本日はありがとうございました」

『ガイマン賞2014 結果発表トークイベント』のリポートは以上になります。第1位を獲得した『ホークアイ:マイライフ・アズ・ア・ウェポン』は先日重版が決定しました。今後もたくさんの読者に読んでいただくよう、努力いたします。

では、また来週!


(文責:山本将隆)