読者の皆様、こんにちは! 「アメコミ魂」ライターの乙間です。
本日は発売を明日に控えた『バットガール:バーンサイド』を紹介します。先日のBATMAN DAYを主軸に、今月はバットマン関連誌を4週連続で刊行しました。その最終週を飾るのが単独誌初邦訳の本書です。対象店舗さんではバットマンキャンペーンも実施中ですので、詳細は下記の過去記事をご覧ください。
●アメコミ魂の過去記事●
BATMAN DAYって何? 日本初4週連続バットマン刊行!さらに禅プールの『デッドプール Vol7:アクシス』発売!
“悪カワ”ハーレイ・クインの誕生譚を描いた不朽の名作『バットマン:マッドラブ 完全版』、三度目の登場!
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●30分一本勝負の6000字インタビュー!
私と中沢さんが神保町から水道橋方面に向かうと、東京ドームに近い水道橋駅周辺は、お揃いのTシャツを着たコンサート帰りの若者たちで溢れかえっていました。この熱気に溶け込むことのできない私たちは踵を返し、取材をするのに相応しい静かな店を探したのですが……習慣というのは怖いもので、結局、ビジネスマンたちの笑い声が響くいつもの賑やかな焼き鳥屋へと入っていきました。カウンターに席を並べ、レコーダー代わりのスマホをそっと出し、私はインタビューを始めようとしました……。
中沢:(周囲がガヤガヤしているので)これ、聞き取れるんですか?
乙間:大丈夫ですって(笑)。意外にクリアに録れるんです。では、始めましょう。『バットガール:バーンサイド』の発売目前ではありますが、まずは本書を翻訳し終えた感想をいただければと。
中沢:主人公が女子大生のバーバラ・ゴードンで、登場人物も若い女性が多かったので、彼女たちの口調には気を使いました。しかもよく喋る(笑)。1話目とかけっこうなテキスト量でしたよ。特にオープニングの1ページ目【写真下】なんかコミックなのにこのセリフの多さって、という感じでした。読者に設定を伝えるために、文章で説明しなければならないのはわかりますが、それでもこの量はそこそこヘビーでした(笑)。セリフの多さでいうならば、『ブラックパンサー』に収録してある60年代の「ファンタスティック・フォー」に匹敵するくらいでしたね。
乙間:確かに。最近のアメコミのなかでは、セリフが多いほうですよね。若い女性たちが主人公といえば、スーパーヒーローものではありませんが、中沢さんの好きなダニエル・クロウズの『ゴーストワールド』も主人公が十代の女性でしたね。
中沢:あの作品も作家は男性で、翻訳者も男性だったんですよ。この『バットガール:バーンサイド』のライターも二人とも男性なんです。なので、若い女性の物語だからといって、必ずしも女性が訳さなくとも問題ないかと(笑)。
乙間:本書は、SNSで人気者になってしまったバットガールという内容もあって、SNS上での若者の会話表現などを訳すのも大変だったのではないでしょうか? どの国でも、若者の言葉には時流がありますから。
中沢:そうですね。ソーシャルメディア上での言葉遣いや略語なども頻出していたので、他のアメコミとは違った感覚で訳しました。海外のネットスラングをどのように日本語の表現に落とし込むか、どう翻訳するかに時間を割きました。
乙間:アルゴリズムとかプログラミング用語も頻出していましたね。
中沢:プログラミング用語もそのまま訳しては意味が通じないので、プログラミング自体の仕組みなども確認してから日本語に置きかえました。
乙間:以前より、中沢さんはこの作品の翻訳を担当したいと言っていましたが、何か特別な理由があったのですか?
中沢:自分がバットガールと同じ靴を履いていたから……ですかね(笑)。ドクターマーチンの黄色いブーツ。バットガールのコスチュームがそうなんですよ【写真下】。そこに親しみを感じたというのが理由の一つかもしれません。
乙間:ああ、中沢さんがたまに履いてくるあの靴ですね(笑)。この作品は、2014年から2015年に刊行されたコミックブックをまとめたもので、比較的最近の作品ですが、発売当初から注目していたんですか?
中沢:発売当初からネットでも話題になっていたので、チェックはしていました。女装キャラ(正体は本書でチェックしてください!)など、物語の本筋とは関係ないところでコミック関連の海外サイトで取り上げられていましたからね。作画担当のバブズ・ターは、ウェブに上げていたイラストやアートで注目された人なので、本書についてもネット界隈で特に話題となり、日本では知りえない盛り上がりみたいなものが当時はあったかと思います。本書の間に挿入されている「シークレット・オリジン」の冒頭のイラスト【写真下】では、“バットガールがロボットに!?”というふうにネットでは騒がれていましたし、そういった意味では、最近のDC作品のなかでは話題の一作だったかと思います。
乙間:間に挿入されていた「シークレット・オリジン」ですが、違和感なく前後の物語に溶け込んでいましたね。
中沢:逆にコミックブック単体で読んだ人のほうが「はて?」と思ったかもしれませんね。「シークレット・オリジン」という短編をTPB(合本)に収録する際に、こういう繋げ方もあるんだなと感心しました。
乙間:本書はセリフの多さも印象的でしたが、コマ割りもけっこう細かかった印象を持ちましたが、その点についてはいかがでしょうか?
中沢:そうですね。特に最初のほうはギュウギュウに詰めている感じがしました。でも、回が重なるにつれ、レイアウトを描いていたキャメロンと作画のバブズのコラボが徐々に熟れてきて、そういう成長の度合いも確認することができて面白かったですね。ちなみに、本書の巻末には、キャメロン・スチュアートが描いたラフやレイアウトが収録されているのですが【写真下】、アーティストのバブズ・ターは忠実にそのレイアウトに従って描いているんです。見ていただければわかるのですが、そのキャメロンのレイアウト自体が完成品に近いクオリティなんです。キャメロン自身が描いたほうが早いんじゃないかというくらいの(笑)。彼がレイアウトを切っていたので、最初の物語でセリフが多いのは、キャメロンが深く関わっていたからだと思います。キャメロン・スチュアートは元々はアーティストで、ShoPro Booksだと『バットマン&ロビン』と『バットマン:インコーポレイテッド』で彼のアートが見れます。
乙間:キャメロン・スチュアート直々だなんて、バブズ・ターはまさに“バブ・スター”、DCコミックスの期待の星なんでしょうね。
中沢:確かに(笑)。ひと通り読んでみると、DCコミックスが彼女にすごく期待しているんだなと伝わってきます。コミックをまだちゃんと描いたこともない新人に、キャメロン・スチュアートというベテランがあんな丁寧なレイアウトを描いてフォローしているのを見るとその期待度がわかるような気がします。しかも、この作品のなかだけで見ても、彼女はどんどん上手くなっている。アメコミには珍しいぐらい、作家の成長度合いがわかる作品ですね。日本のマンガでもあるじゃないですか、最初と最後のほうではタッチが違ってくる、みたいな。そんな感じがしましたね。
乙間:中沢さんの印象に残ったシーンはどこですか?
中沢:日本のアニメっぽいキャラが出てきた第2話【写真下】が印象的でした。おそらく80年代あたりの日本アニメの受け入れられ方を意識して作ったのかなと思いました。
乙間:中沢さんの好みが手に取るようにわかりますよ(笑)。中沢さん自身が友だちに本書を薦めるとしたら、ズバリどこを強く推しますか?
中沢:自分は翻訳者なんですが、やっぱりアートですかね(笑)。頭脳明晰のバーバラが頭のなかで推理していることをビジュアル化したシーン【写真下】も新鮮でした。本書はアメコミのいちばん新しいトレンドを伝える作品のひとつだと感じています。最近は女性の作家さん、特に女性のアーティストが活躍しているので、そのなかでも有望株の女性アーティストで、伸び盛りの成長がありありと読める作品ですので、ぜひそこを楽しんでいただければと。単純にアートが可愛らしいですしね。
乙間:確かに。この可愛らしいアートで邦訳出版を決めたといっても過言ではないですからね。本書はアメコミの予備知識がなくても比較的読みやすいですよね?
中沢:はい。バットガールは誕生してから55年も続いているキャラクターで、「バットガール」誌が創刊されてからも16年経っていることを考えると、いわゆる予備知識はいらないかもしれません。
乙間:バットガールも歴史を紐解くと、ちょっと複雑ですからね。元祖バットガールは「BAT-GIRL」表記で1961年に初登場し、正体はベティ・ケインという女性でした。彼女より5年前に初登場を飾ったキャシー・ケイン(現ケイト・ケイン)扮するバットウーマンの姪という設定で、彼女のサイドキック的な立場で……衣裳もバットマンというよりロビンのようでした。バーバラ・ゴードン版バットガールとしての初登場は1967年で、以降は負傷したバーバラがオラクルになったり、二代目や三代目のバットガールが出てきたり、四代目ロビンのステファニー・ブラウンもバットガールになったりしてましたから。でも、2011年のニュー52でバーバラがバットガールとして戻ってくるあたりからは、割とすっきりとした物語になり、この2016年版の本書ではさらに読みやすくなったと思います。
中沢:そうですね。
乙間:本書を気に入った読者にお薦めする次の作品はなんだと思いますか?
中沢:『ゴッサム・アカデミー』とか『グレイソン』とかでしょうか。ライターのベッキー・クルーナンにせよトム・キングせよ、彼らは、DCコミックスが贈るヤング・ジェネレーションの作家たちだと思うので、そのへんを味わってほしいですよね。
乙間:ここからは、中沢さんの翻訳作業についてお聞かせください。本書を訳すのに何週間費やしましたか?
中沢:本文だけで2週間です。けっこう余裕のない2週間でしたけど(笑)。先程もお話したように、今回はセリフも多く、ネットスラングやプログラミング用語を調べる時間が必要だったので、意外と時間がなかったですね。
乙間:本書に限らず、中沢さんがコミックを翻訳するときは、どのように進めていくのか教えてください。
中沢:たとえ過去に翻訳を依頼された作品を読んでいたとしても、まず一度は素読みをします。次に、調べなければならないキャラクターの一人称や口調、特徴的なセリフなどを挙げて、映像作品や過去作品等でそれらをチェックします。そうやって全体の雰囲気を把握してから、翻訳を開始します。たとえば『スター・トレック/グリーン・ランタン』などのように、これから訳そうとしている作品がアニメや映画などの映像作品などと関連している場合は、それらに慣れ親しんでいる読者も多いので必ず映像は確認するようにしています。ひと通り訳し上げたら、次は推敲です。推敲は最低二回します。一回目は字面を見て引っかかるところを修正して、二回目は原文との照合を行います。また、自分は翻訳原稿をプリントアウトして推敲するように心がけています。モニター上で見るのと紙で見るのとでは、また違った感覚で推敲できるからです。納品後は、出てきたゲラを校正したら、一つの仕事が終わります。
乙間:中沢さんは翻訳しているときに、キャラクターになりきってセリフを声に出して確認したり、口調の確認をすることはありますか?
中沢:う~ん……ハッキリと声に出すことはありませんが、ブツブツとつぶやくことはあります。マンガのセリフは、完全な口語、つまり、自分たちが普段話している言葉とはちょっと違うんじゃないかなと思っています。たとえば、マンガに出てくる老人が「~じゃ」などと語尾につける場合がありますが、現実の老人はそのように話すことは滅多にありませんよね。女性においても、実際の会話では「~よ」「~ね」「~わ」など語尾につけて話すことは少ないはずです。ですが、マンガにそのような登場人物が出てくるときは、少なからず記号的な言葉を入れたほうが読み手にとってはわかりやすいのではないかと考えています。少女マンガにおいても、女性の作家さんが女性キャラクターに記号的な言葉遣いを使っていることもありますからね。もちろん、文章として自然な会話にするのを心がけるのは当然ですし、やりすぎるのも不自然になると思いますので、その点は注意しています。
乙間:バーバラのバブズとか、ロバートのボブとかの人名の短縮形や愛称はどうのように対処していますか? たまに短縮形や愛称が誰のことを指しているのかわからなくなってしまうときがあるので……。
中沢:ロバートもそうですが、ステファニーもステフやステフィーと何通りも短縮形がある人名もありますよね。作品のなかで呼び名を統一しようと思っていた時期もありましたが、基本は原文にある呼び名を踏襲しつつ、あまりにも短縮形や愛称が頻出するキャラクターの場合は数を調整しています。呼び名は呼んでいる相手との関係性もわかるので、基本は原文どおりに訳しています。いまちょうど『フラッシュ』の第3巻を訳しているのですが、そこでも「レッド」という呼称が出てきます。まあ、これは「赤い」から「レッド」なので、誰のことを指しているかわかりやすいのですが、わかりにくい場合は、たとえばルビを使うなどして、訳文の中で説明的なワンクッションを置くようにしています。
乙間:解説を書く上で心がけていることはありますか?
中沢:ユニバース内の出来事が前提となっている内容であれば、それを最優先で解説しようと思っています。キャラクターの概要に関しては、用語解説ではなく、解説のところであらかじめ補足していこうと心がけています。
乙間:中沢さんは、少女マンガの編集者という経歴もあり、ShoPro Booksでも3年近く邦訳アメコミの編集者として働いていました。今後は、ShoPro Books編集部を離れ(笑)、翻訳業/ライター業に専念されるとのことですが、編集と翻訳ではどちらが楽しかったですか?
中沢:いまは翻訳ですね。自分ではない作中の人物になりきって、彼らの言葉をクリエイトしていくのがいまは本当に楽しいですね。
乙間:これからもアメコミの翻訳だけをやっていきたいのですか?
中沢:できれば翻訳者としての幅は広げていきたいと思っています。サブカル関係の書籍翻訳とかにも挑戦したいですね。
乙間:字幕翻訳に興味はありますか?
中沢:そこはまた勉強しないといけませんから……字幕翻訳のルールもありますしね。
乙間:これからはどのような作品を手がけていきたいですか?
中沢:う~ん……この『バットガール:バーンサイド』もそうですが、スーパーヒーローものでも新しい世代の作家が育っているので、そのような作家を紹介していければいいなと。
乙間:中沢さんはオルタナ系コミックが好みだと思うのですが、DCやマーベルのオン・ゴーイングも追いかけていますか?
中沢:頑張って追いかけていますよ(笑)。 DCやマーベル作品は、映画でいうとブロックバスター映画を観ているような面白さがありますね。また、いまとなってはオルタナとかメジャーとかあまり関係ない感じになっていますからね。『エセックス・カントリー』や『スウィート・トゥース』の著者であるジェフ・レミアなどもそうですが、いわゆるオルタナっぽい作風の作家がDCやマーベルでも普通に描いていますから。そういう意味では、自分たちが考えているオルタナという垣根はないのかなと思います。
乙間:いま注目しているコミックはありますか?
中沢:最近読んでいちばん面白かったのは、『スコット・ピルグリム』のブライアン・リー・オマリーがライターを務めている『SNOTGIRL』(イメージ・コミックス)です。あとは、『キングダム・カム』のマーク・ウェイド脚本、 『サーガ』のフィオナ・ステイプルズ作画の新しい『アーチー』(アーチー・コミックス)ですかね。
乙間:これまた中沢さんが好きそうな作品だ(笑)。
中沢:確かに。仕事関係なく、一読者としてお金を払って読もうとすると、やはり偏りは出てきますよ(笑)。
乙間:ミラー・ワールドの作品を多く手がけていると思いますが、『キングスマン:ザ・シークレット・サービス』、『スーパークルックス』、『スペリアー』、『ネメシス』などのマーク・ミラー脚本の作品は翻訳していてどうでしたか?
中沢:マーク・ミラーの脚本は本当に訳していて気持ちよかったです。言葉の歯切れもいいですし、キャッチーなセリフも多いですしね。モヤモヤがスカッとするような感じで楽しかったです。
乙間:いままで翻訳するのに手子摺った作品はありましたか?
中沢:文章自体は難解ではないのですが、いざ訳してみると色々と壁にぶち当たったのがニール・ゲイマンの『バイオレント・ケース』ですかね……。
乙間:ああ、なんとなくわかります(笑)。逆に、ノリに乗って仕上げた作品はありますか?
中沢:翻訳を仕上げたスピードでいうとテキスト量とかも関わってくるのでなんともいえませんが(笑)、ダニエル・クロウズの『ウイルソン』は訳していてとても面白かったです。個人的に好きな作家でもありますし、1ページ完結で構成され、ちゃんとフリとオチがあって、気は使いつつも楽しかったですね。
乙間:『ウイルソン』は自分も拝読しました。確かにオシャレで面白い作品でした。では、今後のご活躍を期待しています。今日はありがとうございました。
中沢:ありがとうございました。
乙間:ちなみに今日のギャラはここの食事代ということで……。
中沢:……別にいいですよ。
乙間:二軒目はご馳走してもらいますので……。
中沢:それじゃあ、割り勘と変わらないじゃないですか!(笑)
……インタビューを終えた後も、取り留めのない話は深夜まで続きました。
今週は以上になります。来週は「アトランティスの王“アクアマン”始動! ところで、アクアマンってどんなヒーローなの?」というテーマで、アメコミ初心者目線でアクアマンを紹介したいと思います。
では、また来週火曜日の正午に。
(文責:乙間萌生)
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