アメコミ界の生ける伝説、あの『ウォッチメン』のライター、アラン・ムーア畢竟の大作がついに日本版刊行スタート! ということで、今回は『プロメテア1』を激推しさせていただきます。
▲『プロメテア1』 アラン・ムーア[作]/J・H・ウィリアムズIII[画] 3,200円+税 ●5月28日発売予定● |
本作立ち上げ当時、ムーアはアメリカン・コミックスのライターとして、第2の絶頂期を迎えていました。1980年代末期にいろいろあってDCコミックスと袂を分かった彼は、1990年代いっぱいイメージ・コミックスをはじめとする独立系のコミック出版社と仕事をしてきたのですが、そんなイメージ・コミックスとのつながりから、当代きっての売れっ子アーティスト、ジム・リーの出版社ワイルドストームの傘下で個人レーベルABCを設立したのです。そうして創刊した雑誌のラインナップはというと……
1999年3月『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』
1999年6月『トム・ストロング』
1999年8月『プロメテア』
1999年9月『トップ10』
1999年10月『トゥモロー・ストーリーズ』
と、現在まで知られる代表作、人気作を含む強力な布陣(発行月はカバーデイトで表記)。しかも、これらの雑誌がしばらくのあいだ毎月のように刊行されていたのです! 大長編から短編集、SFから古典文学のパスティーシュまで、テーマもスタイルもとりどりな作品が!
かつて1984年の『スワンプシング』でアメリカに進出して以降、彼はスーパーマンやグリーンランタンといった他のキャラクターでも傑作を次々と連発し、一方ではイギリス時代の『ミラクルマン』も再発されるようになりました(こうした流れの頂点に『ウォッチメン』や『バットマン:キリング・ジョーク』があります)。そんな1980年代半ば頃に次ぐ、アラン・ムーアの充実期が1999年だったといえるでしょうう。
▲『ウォッチメン』 |
『バットマン: キリング・ジョーク 完全版』 |
そんななかで刊行された『プロメテア』も負けていません。J・H・ウィリアムズIIIは、描けないものはないんじゃないか、と思えるくらい自在に絵柄を変化させ、多彩な様式によってコマ割りに象徴的な意味を持たせ、おそらく凄まじい情報量だったであろうムーアの脚本を、重層的に具現化しています。
やがて自作の映画化に関して苦い思いをすることになるアラン・ムーアですが、この時点ですでに、そうやすやすと絵コンテ代わりに使われてたまるか、という意地すら感じさせるほど、コミックならではの表現を推し進めていたのです。
ともあれ、何より強調したいのは、この作品が単純に“面白い”ということ。
1980年代後半にアメコミ界を席巻した、血なまぐさくうす暗い“グリム&グリッティ”ブームの源流とみなされることもままあるアラン・ムーアですが、本作の読み心地はとてもポジティブ。聖と俗を行き来し、ユーモアも交えつつ、未知のコミック体験へと読者を連れていってくれます。
実際の魔術に興味がなくても、世界を変えるほどの力を突然手に入れた平凡な女子大生の奇想天外な冒険譚、つまり一種の“魔法少女もの”として読めますし、もちろん魔術に興味津々の読者にも、訳者である柳下毅一郎さんによる詳細な解説も含め、万全の配慮がなされています。全3巻を最後まで読みとおせば魔術が使えるようになるんじゃないか、というくらいに。
コミックのメインストリームとは距離を置いて久しいアラン・ムーア。とはいえ、かつて彼が考案したコンスタンティンを主役にしたテレビドラマの制作が決定したりと、まだまだ話題を提供してくれます。とにかく、アラン・ムーア一流の超現実主義宣言であり、コミック表現を極めた一大娯楽作でもある『プロメテア1』、おすすめです!
▲『バットマン:ブラックグローブ』 |
ではでは、本日はこのへんで。
(文責:中沢俊介)